2 イエスの過度と人に身勝手

 

 13ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた。14そして、神殿の境内で牛や羊や鳩を売っている者たちと、座って両替をしている者たちを御覧になった。15イエスは縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し、16鳩を売る者たちに言われた。「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」17弟子たちは、「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い出した。

               (ヨハネによる福音書 2・1317

 

 

 今日の聖書の個所はヨハネ福音書2・1317です。小見出しは「神殿から商人を追い出す」となっています。これと同じようないわゆる「宮きよめ」の話は、共観福音書のいずれにもあります。内容は四つとも似ていますけれども、いま学ぼうとしていますヨハネ福音書の話は、共観福音書の記事(マタイ21・1213、マルコ11・1517、ルカ19・4546)に比べますと、大分違うのです。

 注目したい最大の違いは、ヨハネ福音書ではこの話は二章に、つまりこの福音書の冒頭部分に置かれていますが、共観福音書の三つでは、それぞれの末尾部分に、つまり、イエスが十字架につくべくエルサレムに入城された直後のこととして、この話が置かれていることです。なぜこう違うのかについてはいろいろな考えがあるようですが、わたしは次のように考えています。

 それは、「宮きよめ」とは、ユダヤ教を象徴する律法と神殿を、ある意味で否定するイエスの行為ですから、その「宮きよめ」を冒頭に置くことによって、ヨハネは、イエスの宣教はユダヤ教の栓枯(しっこく)より人々を解放して霊と(まこと)とを持って神を拝する真の宗教へと救おうとする業であり、決して、ローマの政治的社桔から解放して、人々の期待するような生活的な自由と豊かさへと救おうとする業ではないことを、まず鮮明にしようとしたのだ、ということです。逆に言えば、ユダヤ教は霊と真とを持って神を礼拝している真の宗教ではない、という厳しい宗教批判をすることこそが、これから始まるイエスの全活動の意味であることを、まずこの「宮きよめ」で宣言したのだと、ということです。

 さらに言い換えれば、ローマ支配下にあって、政治的・経済的な問題は取りあげることはあっても、宗教的な問題は取りあげることなく、当時のユダヤ教にどっぷり浸かってしまっていた人々に向かって、あなたがたが取りあげるべきは実は宗教なのではないか、という問題提起の意味を込めて、この「宮きよめ」は冒頭におかれたのだ、ということです。

 いずれにしても、このヨハネ福音書の冒頭の「宮きよめ」を通して学ぶべきは、「宗教とは

何か」ということであると思います。

 

 さてこの事件ですが、各福音書はいずれもこれを、「神殿の境内」で起こったこととしています。「神殿の境内」というのは、そこに両替人たちがいたところから察するに、「異邦人の庭」と呼ばれていたところでしょう。それは聖域とされた奥まったところではありませんけれども、神殿の中の一部ですから、世俗の領域ではないところでした。したがって、神殿が保っているべき聖さが支配しているはずのところでしたが、イエスがそこに見られたものはそうではありませんでした。商売で喧噪を極めている状態でした。その状態の描写、またそういう人々に対するイエスの態度の描写は、四つの福音書でそれぞれ少しずつ違っているのですが、興味を引く大きな違いが、商売人を追い出すにあたって投げかけられたイエスの叱責の言葉にみられます。ヨハネ福音書ではそれは、16節に「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」となっていますが、共観福音書では、共通して「わたしの家は祈りの家と呼ばれるべきであるのにお前達は強盗の巣にしている」と、これはイザヤ書56・7の言葉なのですが、イエスはこれを引用しながら叱責されたことになっているのです。逆に言えば、ヨハネ福音書だけが、イザヤ書を引用せずに、「わたしの父の家を商売の家としてはならない」と、ご自分の言葉で宮の腐敗を叱責されたことになっているのです。ですから、どうやらヨハネ福音書は、その「宮きよめ」についての独自の信仰的理解を、この部分に託しているように、わたしには思えるのです。それでこの点を考えてみたいと思います。

 

 ところでその時の宮の様子ですが、過越の祭が近づいているので巡礼者で混雑していました。神殿に献げる献金はユダヤの貨幣を用いることになっていましたから、世界各地から来るユダヤ人たちは、手持ちの貨幣をユダヤ貨幣に両替しなければなりません。また彼らは犠牲も献げねばなりませんが、その場合、それは(きず)のない動物に限られ、そのための調べが必要でした。しかし、それが煩瑣(はんさ)な手続きを要するので、神殿当局によって予め疵のないものと認められた動物が用意されて、売られていました。そういうことで、いずれにしてもその時、境内は騒然としていました。両替や鳩売り、鳩は牛や羊を献げられない貧しい人たちのために売られていたようですが、とにかくそういう商売は、参拝者の便宜を図るものとして認められ、公然と営業をしていました。その場合手数料とか代金が必要なのは当然ですが、こういう場所にありがちなことですが、それには法外な値段がつけられて、商人たちは儲けていたことでしょう。さらにそういう商売に免許を与える宮の当局も、免許料のようなものを取っては儲けていたことでしょう。しかし、そういうことに対して、彼らは咎めを感じることは全くなかったようです。なぜなら、人々は神殿礼拝するために宮に集まってまいりますし、それに備えて神殿側は両替や鳩売りを用意しておく必要がありますし、またそのために商売人たちを秩序よく整えておく免許制も必要であったからです。それらは悪いことであるどころか、神殿における礼拝を維持していくために当然な配慮と考えられていたことでしょう。

 したがって、礼拝をするためには献金と犠牲が必要であるという大前提に立てば、その時の宮の状態にはなにも問題はなかったのです。しかし、果たしてこの大前提は不動の、間違いのないものなのでしょうか?

 

 「宮きよめ」におけるイエスの叱責の言葉は、共観福音書の三つの記事では、先程申しましたように三つとも同じで、イザヤ書56・7を引用して、「『わたしの家は、祈りの家と呼ばれる

べきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした」となっていました。しかし、後でご覧になっていただきたいと思いますが、そのイザヤ書56・7を見ますと、この言葉の前に、「彼らが焼き尽くす献げ物といけにえをささげるなら、わたしの祭壇で、わたしはそれを受け入れる。」という言葉が記されているのです。ですから、イザヤ書によれば、献げ物をすることと祈ること、また、犠牲を献げることと祈ることとは決して矛盾するものではなく、むしろ相伴うものであったわけで、イエスはこの考えに基づいて、祈りの伴わない献金や犠牲がされているのを見て心を痛め、祈りの回復を願って「宮きよめ」をされたことになります。これが共観福音書の「宮きよめ」のねらいでした。

 ではこの点でヨハネ福音書は、「宮きよめ」をどういうねらいのあるものとして描いているのでしょう。ヨハネ福音書ではイエスの叱責の言葉は、共観福音書とは全く違ったものでした。それは先程から申していますように、単純明快に「わたしの父の家を商売の家としてはならない」でした。イエスはイザヤの言葉に基づいて宮を「わたしの家」、すなわち「神の家」と呼ぶようなことをしておられません。その代わりにイエスご自身の言葉で、「わたしの父の家」と呼んでおられるのです。イエスは、ご自身を生かし、導き、常に共にいてくださる神をわたしの父と告白し、その《わたしの父なる神との交わりの場所は、まさにこの神殿である》として、「わたしの父の家」と神殿を呼んでおられるのです。

 いずれにしても共観福音書が引用したイザヤ書では、神殿は、神の側から「わたしの家」、すなわち「神の家」と呼ばれています。しかし、ヨハネによる福音書では、神殿は、イエスの側から「わたしの父の家」と呼ばれているのです。この違いに注意しなければなりません。そして、この違いを理解するためにわたしたちは、ルカ2章のあの有名な、十二歳の少年イエスが迷子になった時の話を思い出すべきでしょう。実はあの時、イエスは迷子になっていたわけではなかったのですが、両親はそう思い込んで捜しまわっていました。そのヨセフとマリアに、「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」とイエスは言っておられます。イエスにとって神殿は、少年時代からそこにいるのが当たり前の、言わば懐かしい「わたしの父の家」であったのです。それは、律法と祭儀で固められた旧約的伝統の神殿ではなかったと思います。献金を献げるとか、犠牲を献げるとか、そういうことが何らかの意味を持つような場所ではなかったと思います。「わたしの父の家」という言葉が十二歳の少年イエスの口からすでに出ているのです、その生き生きした神との交わり、それがイエスにとって神殿を神殿たらしめていたものであり、宮を宮たらしめていたものでありました。神殿は、イエスにとってまじまじと神を仰ぎ見、そしてその恵みに憩う《神の懐》、まさに「わたしの父の家」であったと思います。

こうしてみますとヨハネ福音書で、いきなり「わたしの父の家を商売の家としてはならな

い」とイエスが言われたのは、献金は祈りをもって献げたらよいとか、犠牲は祈りをもって献げたらよいとか、そういうことではなくて、ずばり献金も犠牲も共に、「わたしの父の家」である神殿に相応しくないものとして否定されているということなのです。

 共観福音書の「宮きよめ」では、イザヤ書に基づき献金も犠牲も認めたうえで、ただそれらが祈りにおいてなされることが求められていました。それに対しヨハネ福音書では、献金も犠牲もそれ自体が否定されているのです。ヨハネ福音書においては、献金を献げる、あるいは犠牲を捧げる、といった律法的には当然の義務とされていることが、「わたしの父」なる神との生きた交わりを濁らす、不純な混じりけあるものとされて、否定されているのです。それは、当時の人々が聖なる義務としていた献金や犠牲を献げるという行為自体の中にすら、神と取引する心を、いつの間にか忍び込ませる商売根性が人間には根深くあることを見抜く、そういう罪に対する鋭い直感的洞察がイエスの信仰にはあるからです。

 それにしても、献金や犠牲に神との取引、神との商売を見るというイエスの考えは、ちょっと考え過ぎ、神経質過ぎる、と皆さんは思われないでしょうか。与えられた恵みに対して感謝を表すために献金をする、当たり前じゃないでしょうか。悔い改めの真心を表すために犠牲を捧げる、当たり前じゃないでしょうか。そういうことは、それなりに意味のあることではないでしょうか、そうであるのに、イエスのようにそれに対していちいち、それは神の恵みをいただくための取引であるとか、そこには神のされたことに対するお返しの心が働いているとか、そう言われたら、批判的に見れば、それはそうかもしれないでしょうけれども、そこまで言われたら、身も(ふた)もないと言いたくなります。ちょっと考え過ぎじゃないかと思います。

 しかし、神を「わたしの父」と呼ばれるイエスの生き生きしたその信仰は、献金や犠牲を献げるという善い心の底にも、それと引き換えに神が何かを与えてくださる、あるいは自分にとって都合のよいような何かを神はしてくださると期待する、そういう取引のようなものが必ずあることを見逃さないのです。

 

 二月(ふたつき)ほど前の話ですが、見知らぬ方から電話がありました。聞けばA県下にお住まいの六十代半ばの男の方で、クリスチャンホームに育ち、長く教会生活をしている方のようでした。真面目に信仰生活を貫こうとしておられるゆえに出てくるいろいろな問題を、時々聖書の言葉を引きながら、率直に質問してこられました。真剣なお気持ちが伝わってきて、こちらも一生懸命お答えしているうちに二時間近くたちました。耳が遠くなっているわたしはいささか疲れてきましたので、申し訳ないが切らせてくださいと頼みましたら、済みませんがもう一つだけ聞いてくださいということで、それを聞きました。内容は、それまでの話とはガラリと変わった問題でした。

 彼がいま出席している教会は、非常に立派な、新しい会堂を持っており、その近くに引っ越して来た彼は、それが気に入って、その教会に転会しようと思って最初出席したのだそうです。ところがすぐ気が付いたのは、教会ではその新会堂建築のため借金が多額に残っており、目下そのための献金がしきりに進められていることでした。彼はその教会には出席したいが、献金の責めは負いたくないと考えました。そして、適当な理由をつけて牧師に客員として扱ってもらうよう願い出て、そうなったのです。ところが二年以上たった最近になって、会計役員の方から、出来れば少しでも結構だから協力していただけないか、という申し出があったというのです。それに彼は大変不満と怒りを感じたというのです。そして、「どう思いますか。わたしは客員です。会員ではないのですよ、それだのに……」、とまくし立て出したのです。わたしは唖然とする思いで、「それはわたしがお答えする問題ではない、あなたご自身がよーく自分の心の中を見つめて、自分で決める問題です」と言って、電話を切らせてもらったのでした。

 二時間近く信仰問題を真剣に問い続けてきた彼の口から、最後の質問として、こういう質問が出てくるとは思いもかけませんでした。正直なところ驚き、そして、少し失望しました。しかし、同時にわたしは、わたしたちの信仰というのは案外こういうものなんだなあ、とも思いました。言葉では、そして、心でも、真剣に神と共に生きることを願い、考えながら、同時にその足元で、自分の身勝手さはぬくぬくと手付かずに居座っているのです。これがわたしたちの信仰の実際だなあと思いました。よそ事でなく、わたしの信仰もこういうものなのだと思いました。失礼ですが、皆さんは如何(いかが)でしょう。

 

 「宮きよめ」をされた人々も同じなのです。彼らも律法を守り、神殿礼拝を定められたとおりして、信仰を生きているつもりです。文句を言われる筋合いなどないと確信しています。しかし、その自分の心の足元に居座っている身勝手さが見えていないのです。その身勝手さから出てくる、神殿を商売の家にしてしまっている自分が見えていないのです。信仰と共存している打算が見えないのです。イエスはそれの見えた方でした。そして、それが見えるということがイエスにとって、信仰が生き生きしているということでした。そして、そのイエスの生きた信仰からいえば、律法や神殿礼拝を守るということはどうでもよいことでした。逆にいえば、そういうことがどうでもよいことになるほどに、自分自身の身勝手さが見え、それが問題となり、それと取り組んで苦闘するということが、神と生き生きと交わっていることであり、信仰なのでした。

 信仰ということは、聖書のことを知っているとか、教会生活をきちんとしているとか、伝道・献金・奉仕をしているとか、お祈りをしているとか、もちろんそれらは大事なのですが、しかし、それらだけでは生きていることにはならないものなのです。信仰が生きているということは、自分か見えること、底知れぬ自分の身勝手さが見えること、そして、自分に心底愛想を尽かし、そしてその愛想の尽き果てたところで、そういう自分かそのままで、すでに神の赦しの御手の中にある、すなわち、神の懐の中にあることに気付く、そういう内なる気付きを生きて行くことなのです。イエスにとって、神をわたしの父と仰ぐ信仰とは、まさにそういうことであったのです。

 

 イエスが献金や犠牲を献げる人の心の中に潜む取引的要素に対して、妥協を許さない批判を加え、神殿を「商売の家」と言われたのは、確かに人の心の弱さを考慮しない、度が過ぎた過度の断罪かも知れません。否そうでしょう。しかしそれは、イエスの信仰が、神を父として、神への愛に生き生きと生きるものであったことを証ししているのです。命あるものは何らかの意味で必ず過度です。燃えているものです。それは不純なものを焼き尽くし、透明であることを目指して燃焼し続けるものです。そうでなければ命は命の名に値しません。イエスの信仰は父なる神への生きた信仰であるゆえに、人の目には過度と見える断罪を、罪によって不透明に曇ってしまっていた神殿礼拝にくだしたのです。

 この激しい燃えるようなイエスの生きた信仰に触れて、その神への愛のまことを貫く過度に触れて、弟子たちは17節で「あなたの家を思う熱意がわたしを食い尽くすと書いてあるのを思い出した」とあります。これは詩編69・10の「あなたの神殿に対する熱情がわたしを食い尽くす」の引用ですが、これは、イエスの父なる神への生き生きした信仰が、その過度のゆえに逆にイエス自身を食い尽くして、十字架の死に追いやるほどのものであることを言っているのです。この引用は、ヨハネ福音書にだけある引用で、共観福音書の「宮きよめ」には見られません。

 いずれにしてもこのように見てくると、ヨハネ福音書の「宮きよめ」が、共観福音書の「宮きよめ」のように、単に旧約的伝統に立つ祈りの家に、宮をきよめるものではなかったことは明らかです。それは人のうちに潜む、ぬくぬくと手付かずに居座っている身勝手な、神と取引する商売根性、それを罪として見逃さない「宮きよめ」なのです。ヨハネ福音書は、その過度の「宮きよめ」に、イエスの信仰の生きた徴を見ています。

 そして、それゆえにヨハネはここで「縄で作った鞭を振り回す」イエスを登場させたのです。縄の鞭一本を打ち振って、牛、羊、鳩、両替の金、そして売り買いする人々を追い出し、()き散らし、倒し、運び出させるイエスです。それは、共観福音書に出てくる「神の家は祈りの家でなければならない」とか「祈りの家と呼ばれるべきである」といった建前論を述べるイエスではなくて、「わたしの父の家を商売の家としてはならない」と、宮の実態を《商売行為》と見抜き、行動においてそれを完全に否定する、過度に行動するイエスです。それは、共観福音書にはない、ヨハネ福音書独特のイエスです。

 イエスはそんなことをするつもりで、鞭を用意して宮に来られたのではありません。15節に「イエスは縄で鞭を作り、」とあります。宮の実態を見てその場で「縄で鞭を作られた」のです。そしてそれを振り回されたのです。約二万五千平方メートルの異邦人の庭の中で、イエスただ一人、大して威力のあるとも思えない即席の鞭を振り回されたのです。弟子たちは呆気に取られて傍観していたことでしょう。神殿を守る警察や、治安維持にあたるローマの兵士もいたでしょうが、動いた様子はありません。一人荒れ狂うイエス、これを悲劇と見るか、喜劇と見るか、わたしはそこにイエスの孤独を思います。誰も気付かぬ人の罪に気付いている、人のうちにぬくぬくと深く潜む、(手付かずの身勝手さ)に気付いているイエスの過度を、そして、それゆえのイエスの孤独を、その荒れ狂う姿に思います。

 

 ヨハネ福音書の「宮きよめ」するイエスは、わたしには共観福音書の「宮きよめ」するイエスとは、全く違った方に見えます。共観福音書のイエスは「祈りの回復」によって神殿を清めようとしています。しかし、ヨハネ福音書のイエスは、人間が誰もが犯していて、誰もが気付かず、たとい気付いても誰もが克服できない、手付かずの身勝手さ、あるいは、手の付けられない身勝手さを、孤独に凝視することによって神殿を清めようとしています。そして、唐突なことを言うようですが、わたしはヨハネ福音書の描くこの宮きよめのイエスに、深く慰められ                                       ています。なぜなら、わたしは現在七十六歳ですが、この年になって益々自分の中にある、未だ手を付けていない身勝手さの罪のどう仕様もない根深さに、愕然とする思いでいるからです。

 こういう格言があります。少し間違っているかも知れませんが、「十代は無知、二十代は夢、

三十代は無謀、四十代・五十代は恥、六十代で人が見え、七十代で自分が見える」。本当にこのとおりで、わたしも七十代後半になって、自分の中にある自分中心なとらわれが、見えてきました。いままでも見えていたつもりでしたが、もうどう仕様もない自分のエゴが見えてきました。長く生きることがよいとは思いませんが、しかし、長く生きなければ見えないものがあることは事実です。この年になって、罪が見えてきます、弱さが見えてきます、あさましさが見えてきます。もうどう仕様もない自分が見えてきます。そして、イエスが孤独に鞭を振り回されている姿に、わたしのこの罪が、わたしが気付かぬままに、たとい気付いたとしてもわたしとしてはどうしようもないままに、すでにイエスによって取りあげられている、ということを思うのです。鞭を一人振り回すイエスは、わたしの実態を、わたしよりも深く、わたしよりも早く、わたしよりも正確につかまえてくださっているイエスです。そしてそれゆえに、そのわたしの手付かずの身勝手さを執り成して、ご自分を食い尽くし、十字架につかれるイエスです。それは過度に燃焼する、イエスの父なる神への生きた信仰が、自らに招かれたお姿です。ありかたいと思います。

 最初に申しましたように、ヨハネ福音書は他の福音書とは違ってこの「宮きよめ」をイエスの宣教活動の最初におきました。それによって宣教の目的が真の宗教とは何かを示すものであることを、イエスは明らかにされたのでした。そしてそこには、いま見てきましたように他の福音書にはない、縄で作った鞭を一人振り回すイエスが描かれています。ご自身の十字架によってでしか救い得ないものと人間の罪の実態を見抜かれた、孤独なイエスの姿が描かれています。ということは、イエスにとって、宗教が真に願いとすることは、人間が自分の正体に気付く、人間が罪の実態に気付く、その開眼のことであり、それ以外ではなかったということです。

 砕いて言えば、罪とは身勝手ということです、そして身勝手とは自分が見えないということです、そして救いとは、自分が見えないそのわたしの目に、十字架のイエスが代わってなってくださって、わたしを見せてくださるということ、すなわち、開眼なのです。

 ぬくぬくと手付かずの身勝手さに生きているものから、イエスに見せていただいてそれに気付きつつ生きるものになる、それがイエスが生涯をかけてわたしたちに与えられた救いというものではないでしょうか。主を信じるとは、わたしを見せてくださる方として主を信じるということです。そして、必ずある、無いと思っていても必ずある自分の手付かずの身勝手さに開

眼することです。

(終)