1.人生開眼           マタイによる福音書92731

 

 

 さきほどお読みいただきましたところには、二人の盲人の目を開かれたイエス・キリストの奇跡が記されています。もう一度、その最初の部分をお読み致します。

 

 イエスがそこからお出かけになると、二人の盲人が叫んで、「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と言いながらついて来た。イエスが家に入ると、盲人たちがそばに寄って来たので、「わたしにできると信じるのか」と言われた。二人は、「はい、主よ」と言った。  (2728節)

 

預言者イザヤは、

 

 心おののく人々に言え。「雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる。」そのとき、見えない人の目が開き聞こえない人の耳が開く。                                        (イザヤ書 35章4〜5節)

 

と言っています。イエスもまた、

 

 「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、……貧しい人は福音を告げ知らされている。わたしにつまずかない人は幸いである。」

               (マタイによる福音書 1156節)

 

と言っておられます。

 盲人の目が開かれるということは、いずれにしても聖書では、神の救いが来ていることの(しるし)でした。では、神の救いが来ていることの徴としての開眼とは、どういうことなのでしょうか。文字どおり目が開くということなのでしょうか。

 

 まず二人の盲人が、イエスに呼びかけるにあたって、「ダビデの子」という言葉を使ったことに注意したいと思います。救い主は、「ダビデの子」、つまり、イスラエル、ユダ統一王国を実現したダビデ王の末より出るというのは、ユダヤにおいては一般的な期待でした。そして、それはイエスの時代においては、政治的解放者という意味を強く持つようになっていました。エルサレムに入城されるイエスを迎えた群衆の叫びが、「ダビデの子にホサナ、(つまり、ダビデの子よ、いま救いたまえ)」であったことがそのことをよく示しています。当時のユダヤはローマの支配の下に屈辱的な、民族の誇りを奪われた生活を強いられていましたから、人々は入城してこられるイエスの救いに政治的な意味づけをし、社会的な解放を期待してそう叫んだのです。しかし、二人の盲人にとって、救いは政治的解放によってもたらされるものではなくて、失明状態からの解放です。ですから、ここで二人が一般群衆と同じように「ダビデの子よ」と叫んだとしても、おのずから異なった意味と期待とを、それに持たせて使ったに違いありません。だから二人が、家に(はい)られたイエスに近寄って来た時、イエスは鋭く、そして即座にその点を見抜いて、彼らの願いをはっきり自覚させ、さらにイエスを信じるとはどういうことかを教えるために、一つの問いを投げかけられたのです。それが、「私にできると信じるのか」という問いです。

 一生懸命、イエスの哀れみを求めて叫んでいる二人の盲人にとって、それは確かめられるまでもないことであったでしょう。しかし、その問いは図らずも、大切なことを彼らに言わせたのです。彼らは答えて言いました、「はい、主よ」。ここで二人が「はい、ダビデの子よ」とは言わず、「はい、主よ」と言ったことに注意しましょう。二人はこの時、イエスに「叫んで」、「ついて来た」と記されています。この「叫ぶ」という言葉は金切り声でどなるとか、絶叫するとかの意味を持っています。また、「ついて来る」という言葉は、仲間として同行する、という意味です。ですから、大声で叫びながら、イエスから離れまいと必死について行く二人の様子が見えるようです。この二人の姿を想像すれば、彼らには、イエスの(いや)しの力に対する立派な信仰があると考えるのが自然でしょう。ところが、イエスはその彼らに、いま申しましたように、「わたしにできると信じるのか」と問われたのです。

 そして、それに対して彼らは、もはや「ダビデの子よ」とは言わないで、はい、主よ」と答えたのです。その時イエスも、もはや何も言わずに二人の目に触り、「あなたがたの信じているとおりになるように」と癒されたのです。ですから、イエスを「ダビデの子よ」と呼んでいる時の最初の信仰と、「主よ」と呼んでいる時の二回目のときの信仰との違いは注目すべきことと言わねばなりません。そしてイエスが、言わずもがなの質問、「私にできると信じるのか」と言われた狙いは、まさにここにあるのです。つまり、彼らの信仰を「ダビデの子」から「主」と呼ぶ者に深めようとされるところにあるのです。

 事態は要するに次のようなことであったのです。「ダビデの子」は、当時一般的に用いられていた救い主に対する呼称でした。二人の盲人も、最初、皆が使っているように、それを使ってイエスに向かって叫んだのでした。しかし、その叫びには、他の人々がイエスに期待している以上の思いが込められていたに違いありません。なぜなら、彼らには彼ら固有の問題、すなわち、目が見えないという問題があるからです。それを癒していただきたいという切なる願いがあるからです。だからこそ、彼らの声は「私たちがここにいるのを見落とさないでください、目の見えない私たちを忘れないでください」と自分たちに注意を引くべく大声にならざるを得なかったのでしょう。ということは、そのとき彼らには、「イエスが政治的解放者ではあっても、一人ひとりを目指して、一人ひとりの固有の悲しみに触れるために来られた、一人ひとりのための救い主である」という信仰が、明確なものとしてはなかったということです。そして、それに対しイエスは、「私にできると信じるのか」と言われたのです。

 つまり、イエスは言われるのです、「私がおまえの願いを聞き届け得る力をもっていると信じるのか」、言い換えれば、「私が世間一般、社会一般の期待に応えるために来た救い主というよりは、実は、まさにおまえたちの悲しみに触れ、固有の問題に触れ、そして、慰めるために来た救い主なんだよ、そう信じるのか」、もっと短く言い換えれば、「私が来たのはおまえのためなんだよ、それをおまえは信じるのか」と言われたのです。「私にできると信じるのか」とは、そういう問いです。

 社会全体が変えられ、救われても、憐れみを求めている一人には、届かないという救いが世の中にはあります。例えば、社会全体が解放の喜びに沸いている大勝利の陰で、泣いている戦死者の妻がいるように、一人に届かないような救いが世の中にはあります。イエスが「私にできると信じるのか」と言われたのは、「私は、一人の悲しみに届かないような、そんな大きな救いをもたらす救い主ではなくて、まさにおまえ一人に届く、慰めをもたらす救い主として来たのだ。それを信じるのか」ということです。いずれにしても、「私にできると信じるのか」、この問いで、イエスは「ダビデの子」と呼ばれる救い主、言わば世直し的な大きなことをされる救い主ではなくて、この世の中で生きる一人ひとりの悲しみを慰める、個人に届く救い主として、ご自身を二人の盲人にお示しになったのです。

 とにかく、こうしてイエスは、その与えようとしている救いが、世直し的なものではなくて、悩める一人ひとりに向かって差し出される憐れみであること、したがってこの二人にとっては、その憐れみに委ねることこそ、イエスの救いに焦点の合った信仰であることを示されたのです。そしてそのとき、二人は「はい主よ」と言ったのです。もはや「ダビデの子」を使わなかったのです。それは、「あなたはわたしのために来てくださいました。そのことを信じます」の意味です。彼ら一人ひとりに注がれるイエスの憐れみに身を委ねることの告白です。

 「ダビデの子よ、私たちを憐れんでください」、この最初の告白には、「憐れんでください」というイエスに対する注文があります。しかし、「はい、主よ」、この二回目のには、注文は、もはやありません。委ねがあります。お任せがあります。それはイエスが、私一人のために来られた方であることを、彼らが信じたということです。イエスが世直し的救い主ではなくて、一人の苦悩に届く憐れみの方であることを信じたということです。そして、そのとき彼らの目は開かれたのです。すなわち、彼らは救われたのです。ですから、救いとは、注文を引っ込めて、お任せすることによって開ける世界、見える世界だ、と言えないでしょうか。救いはすでに、イエス・キリストによって一人ひとりに与えられているのですから。

私たちは、人生に対していろいろ注文があります。そして、思いどおりに万事順調という人も(まれ)にはいるかもしれませんが、そうは行かないという思いを持っている人は少なくないでしょう。おそらく皆お互い心の底に、その類いの思いを持っているのではないでしょうか。真面目に、こつこつと丁寧に生きているのに、思いがけないことに遭遇する、そして、一切がご破算。「どうしてこんなことになったのか」、「どうして、私がこんな目に遭わねばならないのか」、「同じ状況にいたのに、どうして私だけに起こり、他の人には何事も起こらなかったのか」、人生の不可解に直面してたじろぎ、「どうして、どうして」と問わざるを得ないことがしばしばです。しかし、「どうして」という問いを出すということは、問えば分かるはずだという前提があってのことです。けれども、よく考えてみましょう。人生は人間の理解で答えが見つかるもの、と考えることほど傲慢なことはないのではないでしょうか。

 イエスがお生まれになった時、「どうして」という事件が起こっています。

 

 さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。

  (マタイによる福音書 216節)

 

 ベツレヘム近辺の二歳以下の男の子が、ヘロデ王の怒りの飛ばっちりで、皆殺しにされたという話です。神が人間を救おうとしてくださったばかりに、こんな筋の通らない無残なことが起こったのです。イエス・キリストは救いをもたらすためだけに来られたのではなかったのです。人の世は解答不能な問いそのものであることを、明らかにするためにも来られたのです。また、イエスが十字架の上で叫ばれた最後の言葉は、

 

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」

                  (マタイによる福音書 2746節)

 

でした。イエスのご生涯の最後の言葉は答えではなく、問いであったのです。

 考えてみれば、イエスの誕生によって、幼児皆殺しという解答不能な問いが起こり、その最後の十字架上の言葉も答えのない問いであったということは、問いを突きつけられ、問いを抱いて生き、問いを抱いて死ぬのが人生だ、ということを、聖書は語っているかのように、わたしには思えてならないのです。つまり人生は、「どうして」と問えば答えが分かるようなものではないのです。そうではなくて、そういう答えのない人生のただ中に、問うても分からない人生の真っただ中に、そこにイエスの誕生があり、そこにイエスの十字架が立っているのですから、その「どうして」と問わざるを得ないそこが、イエスの共におられるところであり、まさに私の引き受けるべき人生なのだということなのです。それがイエスの与えられる答えであり、イエスをキリストと信じるということなのです。

 

人生は、向こうからやって来て有無を言わせないような趣のあるものです。イエズス会のアントニー・デ・メロ(司祭、東洋と西洋の霊性の統合を試みた世界的な霊的指導者、インド生まれ、1931〜87)の言葉をかりれば、「人生は答えのある問とはわけが違う」のです。「わたしの人生はどうしてこうなのか」、いくら問うても答えはないのです。しかし言えることは、その答えのない人生、いわば神も仏もないと思えるそこが、まさにそのまま、神が共にいてくださるところなのだ、という答えをイエス・キリストは示しておられる、ということです。そして、そのイエス・キリストの答えにおいて、答えのない不条理に満ちた人生を、そのまま受け止めて生きる、それが人生を正確に見抜いた生き方だということです。とにかく、人生は人間の理解で答えが見つかるものと考えることほど、浅くて傲慢なことはないのです。

 旧約聖書に「伝道の書」と呼ばれる文書があります。新共同訳では「コヘレトの言葉」と呼ばれていますが、そこに

 

 神はすべてを時宜(とき)にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。                   (3章11節)

 

という言葉があります。「永遠を思う」というのは、時間を超えた、遥かな遠い世界に思いを馳せるということではなく、日常の生を問い直して、人生の本質は一体何か、究極的人生態度は何か、を問うこと、つまり、いま申しています「どうして、どうして」と問うことなのです。しかし、その答えは、「神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない」とあるように、分からないのです。ということは、聖書によれば、わたしたちは答えの出るような人生を生きているのではないということです。分からないままに生きるのが人生だということです。

 わたしたちは自分の意思でも願いでもなく生を与えられ、与えられた以上は死ぬまで生きねばならない、そのようなものです。根源的に見て人生はわたしの手の中にはない授かりものなのです。ですから分からないことが起こっても、それは当然であり、「どうして」と問うて、すべて分かり得るとするのは、永遠を思わないものの自惚れでしょう。むしろ、その不可解を受け止めて、背負って生きる、その注文の無さこそが、永遠を思う心を与えられた人間に最もふさわしいと言わねばなりません。

 もちろん、生活のいろいろの段階で、注文をつけ、改善、改良し、計画を立て、工夫をし、より良い暮らしを求め、自分の力を生かして向上していくことの大切さは、言うまでもありません。しかし、生活のレベルではそうであるにしても、人生のレベルでは、わたしたちは注文をつけることは許されないのです。ただ受け止めるだけです。それが生かされている人間のけじめです。ですから注文を引っ込めて、置かれた状態を受けとめる時、人間ははじめて永遠の相における姿、本来の姿、あるいは究極の姿に落ち着くのです。そして、それがさきほど、注文を引っ込めてお任せしたときに見える世界と申しました、救いというものの内容なのです。つまり、救いとは、問題が解決することでも、苦悩を脱出することでもないのです。そうではなくて、苦しい悩みの状態が、そのまま、「これがわたしの人生だ」と注文をつけずに受け取れるようになることなのです。

 

 事柄をはっきりさせるために、あえて誤解をおそれずに言えば、わたしはこの二人の盲人は、実際には目を開かれなかったと思っています。しかし、何の変化も彼らに無かったということではありません。そうではなくて、彼らは、目の見えないという(おわ)された人生を、イエスに出会うことによって、これぞわたしの人生、と引き受けて生きるようにされたのだと思います。注文をつけずに、目が見えぬままに、「これがわたしの人生なのだ」と見えたのだと思います。納得したのだと思います。そして、それがイエスが彼らに与えられた救いでした。救いとは、いろいろ不満も注文もある自分の人生が、そのままに、まさに自分の生きるべき人生なのだ、と見えることなのです。すなわち、人生開眼です。二人の盲人の目が開かれたというのは、この人生開眼を象徴していることなのです。実際に目が見えるようになったわけではないと思います。

 人生開眼とは、どんな人生を生きるようにされても、自分の人生に注文をつけず、これがわたしの人生だと受けとめ、置かれたその所で花を咲かせようとすることなのです。言い換えれば、「いま」を大切にすることなのです。わたしたちはぶっぶつ自分の人生に不満を(つぶや)き、運命を呪い、注文をつけ、そのために今日という一日、いまというこの時をどんなにおろそかに空しく過ごしていることでしょう。そしてストレスを溜め込んでいることでしょう。いまがよく見える、いまを本当に大切にする、過ぎたことを悔いず、明日のことを思い煩わず、今日をしっかり生きられたら、それは、わたしにとっての人生が、本来の姿で見えていることであり、人間にとって救いではないでしょうか。

 

 二人の盲人はその目の不自由さにおいて、そのことを経験したのです。彼らにとって、イエス・キリストに出会うとは、そういうことでした。盲目の悩みは、いまを、人生を、そして、永遠を見る目となったのです。目の見えない彼らの人生が、そのまま、これがわたしの人生だ、と見えたのです。自分を咲かせる所はここなのだ、ここしかない、と受け止められたのです。そして、救いとはそういうことなのでしょう。