12.対談 輝くいのち

(NHK教育TV「こころの時代〜宗教・人生〜」 1999・6・13)

          聞き手 飯田忠義NHK京都文化センター次長

                      (聞き手の発言は要旨)

 

《牧師生活四十年とうかがいましたが、いまのご生活は》

 

 私は関西学院大学神学部の大学院在学中、実習教会として大阪の下町の小さい教会に派遣されまして、卒業後もその教会の担任者となり、そのまま十二年間在職しました。その後京都の市役所のすぐ近くにある、昨年創立百年を祝った長い歴史を持つ教会に代わり、二十八年間在職しました。そして、六年前六十六歳のときに引退しました。その後は、若いころに通って洗礼を受けたこの教会(単立千里山キリスト教会)に戻り、そこで現在、教会生活をしております。そして、そこで『成人聖書の会』という『聖書を学ぶ会』を担当するかたわら、月に1〜2回他の教会にお話に行く、そういう生活をしております。

 

《お生まれ、回心体験、牧師生活の思い出など、宗教的略歴をお願いします》

 

 生まれたのは大阪、育ったのは兵庫県の宝塚、学校は大阪の旧制高校を卒業して、兵庫県の関学神学部に進み、牧師としては大阪と京都ですから、結局、人生の大半は京阪神地区で過ごしてきたことになります。

 旧制高校の三年生のころ、あの年齢の若者なら誰でも悩む人生問題にぶつかりました。当時は終戦後の混乱期であり、左翼的な学生運動が盛んで、それに頭を突っ込んだり、演劇運動に熱をあげたりしましたが、そんなことをしながらも、実は私の問題はそういうところにはなかったのです。それは、経済的にも家庭的にも恵まれた環境に育って、自分を押さえることを知らないままに、自分勝手な正義感を振り回して、好き嫌い(はげ)しく生きてきた結果陥った、人間関係不適応でした。私は次第に自分に(こも)り、人に(おび)え、今で言う『不登校』状態になりました。実際には登校していたのですが、心は『不登校』で、どう生きたらよいのか分からなくなりました。

 「どう生きたらよいのか」これが、当時の私を支配した問題でした。そしてこれは、七十二歳になった今も続いている問題ですが、それに対して「何になったらよいのか」という、若いころに誰しも抱く問題は、どういうわけか一度も考えたことはありませんでした。結局、私は牧師になって、牧師として生きてきたのですけれども、別に牧師になりたかったわけではなく、むしろ牧師にはなりたくなかったのに、「どう生きたらよいのか」を考えているうちに、結果として牧師になり、また牧師を続けてきてしまったのです。

 どうしてそうなったのかと言えば、「どう生きたらよいのか」で悩み、家庭の中でも荒れる私を、父は知人の牧師のところに連れて行ったのです。父自身は、信心深い人でしたが、特定の一つの信仰を持った人ではなく、クリスチャンでもなかったのですが、どういうわけか牧師に相談したのです。もし、あの時寺に連れて行かれていたら、父の尊敬していた懇意のお坊さまが事実おられたのですから、そうしていたら、私は間違いなく仏教の信仰に入ったと思います。

 

 ところで教会に行っても、「どう生きたらよいのか」という私の問題に届くような答えは何もありませんでした。しかし、いろいろ精神的遍歴をしていた私には、もう、ここしか行くところはないという気持ちが強くありました。それで、何となしに通っているうちに、一つの聖書の言葉が心を捕らえました。それは、

 

あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。                              (ヨハネによる福音書 21章18節)

 

 でした。これは、復活されたイエスが弟子のペトロに言われた言葉ですが、ずっと求めていた「どう生きたらよいのか」に対する答えが、ここにあるように思ったのです。

 ここで、「若いとき」とは「イエスに出会う前」を意味し、「年をとる」とは「イエスに出会ってから」を意味すると考えてよいでしょう。もう少し一般的に言えば、「若いとき」と「年をとる」とは、人間としての究極的な生き方を考える前と後と考えてよいでしょう。そして、この聖句を読んでいるうちに、いままでのすべての私の行動が、学生運動にしろ、演劇運動にしろ、何しろすべて、いろいろもっともらしい理由をつけながらも、結局は安易な、行きたいところへ行っているだけであり、つまり、目の前のいやな人間関係から逃げようとしているだけであり、その自分の姿が、滅びの道を歩む姿のように見えたのです。それとともに、他の人に帯を締められて、行きたくないところに行く生き方、つまり、自分の人生を自分の人生ではないように生きる、そういう自分にとって嫌な方を逃げないで、敢えてそれを選び取って引き受けて生きる、そこに救いの道、人間として、本当の生き方を歩む姿があるように思ったのです。

 私は回心体験と言われるような、明確な特別の体験をしたことは今まで一度もありませんが、この聖書の言葉に出会って、「どう生きたらよいのか」に対する答えを与えられたこと、そして、行きたくないところをいつも心掛けて、逃げないように生き始めたこと、それが私にとっては、回心体験と言えるものになったと思います。そして、牧師になったことも、この行きたくないことの延長線上の決断だったわけです。

 そういうわけですから、牧師になってからも、私の関心はいつも、「行きたくないところを果たして生きているだろうか」という自己吟味にありました。そして、その点で欠陥の多い私を、そのまま聖書にぶっつけ、聖書から答え(逃げている姿に気づかされたり、それを改める力を与えられたり)を戴く、そういうことをしながら、それを説教で語るということをしてきました。そういう意味では私は教会の説教で、結局、わたし自身を語るということしか出来なかったと思います。伝道や、教会形成や、永遠の命や、信徒の交わりやらは、ほとんど語ることはしませんでした。

 そのような、極めて片寄りのある説教とも言えないような説教を辛抱強く聞いてくださった二つの教会の人々に私は感謝をせずにはおれません。四十年間の牧師生活を省みて、特に語るべきようなことは何もせず、さしたる思い出というものもありませんが、私は二つの教会で、よき聴衆(よき会衆)に恵まれたと思っています。これが最大の思い出です。

 

《四十年間牧師として歩んでこられて、宗教をどのようにお考えですか》

 

 静かに思いを凝らしてみますと、私たちは、才能や、地位や、職業や、財産や、健康などに気をとられて、それらを装いとしている「命そのもの」、つまり、与えられ死ぬまでは今ここに生きてあるという「命の端的な事実」、に気づかず、それに自覚的に身を置いて生きるということをしていないと思います。しかし、この命の事実に自覚的に生きるのでなければ、命の装いの方が如何に華麗であっても、究極的な生き方をしているとは言えないでしょう。

こう申しますと、そういう命の端的な事実を自覚的に生きることに、一体どういう意味があるのか、という問いが出るかも知れません。知識や技術によって生活を豊かにすることだけにしか意味を見いだせない現代の私たちには、そんなことは、あまりにも無意味に思えるからです。そして、それはそのとおりで、意味はないとも言えることだと、わたしも思います。何故なら、生かされて今ここにあるという命の端的な事実に身を置いて生きるということは、そもそもそういう意味や目的などを追い求めることを、何物かへの執着であり、我執であると見抜いていることであり、生きる意味や価値や目的などを埒外(らちがい)において生きようとすることであるからです。したがって、命の端的な事実を自覚的に生きるということは、一切の価値づけと意味づけとを不可能にすることであり、恐らく大変に不安なことになるでしょう。

 しかし、ここで生じる不安(命そのものを自覚的に生きようとして生じる不安)こそ、実は全ての人が人間として生きようとする限り、引き受けなければならない不安なのです。何故ならこの不安を避けようとして、私たちは、生きる価値や目的を、幸福や、成功や、名誉や、富や、地位や、業績などに置いて、それらをあくせくと追い回し、その結果がうまくいけば得意となって優越感に浸り、うまくいかなければ失意の中で劣等感に陥り、そして(ねた)みと(あせ)りの中で病的なストレスを招く、そういうことになってしまっているからなのです。

 ですから、端的な命の事実に身を置いて生きるとき、そこで発見するのは、最早何もないのです。けれども、その何もないところで味わうものがあります。それは、もはや生きる意味や、生き甲斐などではなくて、『命そのものの実感』です。そしてこれこそが、生かされているものとして大切なことではないでしょうか。

 生かされているという被造物感において、命そのものを実感し、それを味わいつつ生きる、それが人間としての究極の生き方であり、この究極的人生態度の実現こそ、宗教が本来持っている根本的意図だと思います。換言すれば、生かされて(たまわ)っている命の(なま)の姿を忘れて、命の装いの方に気をとられて生きている私たちに対して、(なま)の命の復権を求める命自身の働きが、宗教の本質なのです。さらに簡単に言えば、生かされて生きているのですから、自分の命は自分のものであって、自分のものではないと人生をしみじみ味わいつつ生きること、それが宗教なのです。

 

《宗教がそういうものだとされる立場から言えば、いま宗教はその役割をどのように果たしたらよいと考えられますか》

 

 現代の日本は無宗教的と言われながら、あまり元気のない既成宗教の他に、幸福願望の新宗教や、神秘体験や超能力による脱出願望の新々宗教など、現実は宗教過多の状態です。そして、信じる者は、あるいは熱狂的に、あるいは利己的に、そして習慣的に信じ、信じない者は、無関心と、懐疑と、軽蔑とをもって宗教をあしらいがちです。個人の魂の救いを求めて信じる者もあれば、社会の変革を期待して信じる者もいます。宗教と一口に言っても、さまざまです。

 こういうなかで、また社会的にも先の見えない変動期にあって、何と言っても伝統的宗教の役割は厳しく問われるべきでしょうし、事実問われています。それに対し伝統的宗教の方からも、わたしもその一員ですが、いろいろな試みや提案がされています。例えば、社会的・政治的な問題への取り組み、日本の文化や精神性の中で信仰を捉らえ直す試み、ボランティア活動の実践、若者に魅力あるプログラムの企画などが、よく言われます.

 しかし、そういうこともさることながら私は、平凡なことを言うようですが、先に申しました「自分の命は自分の命であって、自分の命ではない」ということを、しみじみ味わうように言葉の力を信じて、また語ることを工夫して呼びかけることが、その役割を果たすことになるのではないか、と考えています。つまり、便利さや、快適さや、豊かさや、楽しさや、そういうものを追求しているうちに、見えなくなってしまっている生かされて今ここにある命、その命そのものに身を置いて、その(なま)の命を実感し、味わいながら生きることが、人間としての究極的な人生態度であるということを、言葉の力を信じ、工夫して語ることです。

 そのために、具体的なこととして三つのことを考えています。

 @ 信仰の問題を語るにあたって、教会内でしか通用しないような教義的な言葉を避けて、語る者自身の人間としての弱さの中で味わった(丈夫な人には医者は要らない、いるのは病人である、と言われたイエスの言葉に応えて、助けを求める弱い人間に、まず自ら正直になって味わった)聖書の言葉を、自分の言葉で、人生論風に語ることです。

 人生論風に宗教を語ることは、神の超越性を曖昧にするから良くないようにしばしば言われるのですが、神は私の人生に対して神であり、私の人生は神に対して私の人生であるという、そういう分けることの出来ない関係の中でのことで宗教はあるのですから、教えの正しさに(こも)り、理念的になりやすい伝統的宗教は、むしろ人生論風に語る必要があると、私は考えています。

 A 生かされている者であるのですから、そのことを(わきま)えて、「限度のセンス」を一人ひとりが養うよう、語ることです。出来るからしてよい、ではなくて、出来るけれどもしてはならない、あるいはそうまでしてやりたくはない、といった「限度の弁え」は、(なま)の命が要求してくる、その命に相応しい人生態度だからです。果てしない欲望肥大に陥っている現代において、日常生活の全ての面で「限度のセンス」を磨くことは、宗教の一つの役割でしょう。

 限度の問題を、進歩著しい科学の分野だけのことではなく、また一律に法的に規制するような性質の問題としてではなく、置かれた具体的な場所で各自が判断する、それぞれ自己抑制のセンス(そこまでやるのは人間として恥ずかしい、慎みがない、相応しくない、人間の誇りが許さない、そういう自分を許せない、といった)として、語りたいと思います。

 B 苦悩に対する態度についてです。悩みに遭遇した時に、それを克服しようとするよりは、あるいは、それを避けようとするよりは、むしろそれに丁寧に出会うように、語ることです。

 一体悩みの時は、順境において、見落としているものを発見させてくれる時です。悩みを通して、自分の弱さ愚かさが見えてきます。それは全てに開眼の時です。特に生かされて、今ここにある命そのものが見える時です。ですから、悩みを丁寧に受け止めることは、(なま)の命に気づく道として、(なま)の命が要求してくることでしょう。

 

 《聖書は、いま言われた、命そのものを実感し味わいつつ生きるということを、どのように語っているのでしょう》

そのことを、マタイによる福音書18章1〜3節をとおして学んでみます。

 

 そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。                                           (1節)

 

 私たちの生きる社会は烈しい競争社会です。「だれがいちばん偉いか」、これで動いている社会です。ですから弟子たちがこういう質問をしたからといって、彼らが特にエゴイストというわけではありません。むしろ彼らは大変正直に生きて、率直に質問しているのです。

 では、弟子たちの質問に問題はないのかと言えば、あります。それは、この質問が「いったいだれが天の国で」で始まっていることです。つまり、この現実社会では当然のことである「だれがいちばん偉いか」という問題意識を、そのまま天の国でも通用することとして質問していることです。「天の国」とは「神の国」、つまり、神が直接支配される普遍的・超越的な国のことですのに、弟子たちは、そこにおける神の評価を現実社会の評価と同じレベルで考えているわけです。それが、この弟子たちの質問の最大の問題点であり、それに気づかせるためにイエスが取りあげられたのが、「子供」でした。

 

そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、         (2節)

 

 弟子たちはまさかここで「子供」が登場するとは思わなかったでしょう。一番になることで頭の一杯であった弟子たちですから、「子供」のことなど全く眼中になかったと思います。その彼らの真ん中にイエスは「子供」を立たせられたのです。

 

 言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない」                                  (3節)

 

 イエスは、ここで決して彼らの「天の国でいちばん偉くなりたい」という願いを退けてはおられません。そういう願いを持つことはよいのです。ただ天の国では、一番になりたいと思うなら、現実社会の一番と同じレベルで考えてはいけない、心を入れ替えて一番を考えなければならない、と言っておられるのです。そして、その心の入れ替えとは何かを示すために、彼らの真ん中に「子供」を立たせられたのです。「子供」は心の入れ替えとの関係で弟子たちの真ん中に立だされたのです。

 ところで、偉い偉くないを決める規準は、一般的に言って何でしょうか。私たちは考えるでしょう、立派な肩書を持っている人は偉い、権力を持っている人は偉い、能力を持っている人は偉い、お金を持っている人も偉い、要するに何かを持っている人は、何となく偉いとわたしたちは考えるのではないでしょうか。

 また考えるでしょう、大きな仕事をする人は偉い、地味なことを忍耐強くする人は偉い、人を助けたり社会のお役に立つ人は偉い、要するに何かをする人は何となく偉いとわたしたちは考えるのではないでしょうか。つまり、偉い人というのは、何かを持っているか、何かをする人なのです。弟子たちが「いったいだれが、天の国で一番偉いのでしょうか」と言った時も、他の弟子よりも熱心な信仰を持ち、大きな活動をすれば、一番偉いとイエスに評価してもらえると思っていたことでしょう。何かを持つ、そして何かをする、この(持つとする)が、現実の社会においては人を評価する時の基準です。

しかし、天の国では、そういう基準は通用しないのです。そういう基準を、そのまま持ち込んではいけないのです。そのことを気づかせようとして、イエスはここで「心を入れ替えて」と言われたのであり、そのことを具体的に分かりやすく示すために「子供」が彼らの真ん中に立たされたのです。何故なら、「子供」は誇るべき何ものも持っていません。また誇るべき何ごともすることは出来ないからです。持つ、するという点では「子供」は無価値、一番偉くないものだからです。

 「子供」は、単にそこに《ある》だけのものです。そこに存在するだけのものです。そして、この単純にあるだけ、存在するだけの「子供」を真ん中に立たせて「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない」と言われたのです。

 ですから、イエスの言わんとされたことは明らかです。天の国で一番を願うなら心を入れ替えて、根本的に価値の基準を替えて、現実社会における基準である持つ、するから離れて、あるに基準を替えねばならない、ということです。

 私たちが、ふつう現実と言っている社会では、万事は持つと、するを(めぐ)って打算的、功利的、人為的に構築され、その中でいかに一番になるかで、私たちは狂奔して疲れています。そこでは、あるに注意すること、存在に配慮することが完全になくなっています。そして、生かされて今あるという、命に対する根源的な感覚が麻卑しています。イエスが「心を入れ替えて子供のようにならなければ」と言われたのは、まさにこの点を突いているのです。すなわち、与えられ、生かされ、そして、やがて取り去られていく命そのもの、あることそのものに気をつけて生きるように、とイエスのこの言葉は呼びかけているのです。持つことを離れ、することを離れ、あるという事実、命そのもの、(なま)の命に目覚め、実感して生きる、それが心を入れ替えて「子供」のようにと言われる生き方であり、イエスを信じる者の生き方なのです。

 

《命そのものを実感し味わいつつ生きるということを、何か例を挙げて説明してください》

 

 だいぶ前の話ですが、Brother Sun, Sister Moonという題の、アシジの聖フランチェスコの伝記を映画化したものを見たことがありました。彼のことは知ってはいましたが、それを見た時、こんな世界を生きている人がいるのか、と自分の命に対する感覚の粗雑さを恥じ入らしめられるような体験をしたのを覚えています。

 彼は、自分の存在を自然の中に包まれた小さな一部と捉らえ、生きとし生けるものと交わり合い、生き合っているものと理解しています。彼は小鳥と語ります。狼をBrother Wolfと呼びます。彼にとって、自然も、動物も、人間も、同じく神の手によって造られ、あらしめられている存在同士なのです。共通の命を分かち合っている仲間なのです。人間だけが、ただ一人突出し、自然や動物を支配して思いのままにすることができる、そういうものとしては人間は存在しないのです。人間は命を与えられ、あらしめられて存在しているという意味では、全てのあるものと少しも変わりなく、共通の存在を同じ重さで互いに生き合っているのです。Brother Sun, Sister Moon, Brother Wolf、そう呼びかけたアシジの聖フランチェスコの存在に対する、命に対する敬虔な、透徹した感受性、その感受性によって捉らえられた万物が生き合っている世界、その中で小さい存在として生きる、命そのものを実感し味わいつつ生きるとは、例を挙げればそういうことではないでしょうか。

 

《そういうことであれば、それは童話の世界に似ていますね》

 

 そうです。宗教の世界は童話の世界です。ここで童話というのは、子供向けに、やさしく作ったお話しという意味ではありません。それは、心を入れ替えて子供のように命そのものに気づいている人の、命に対する根源的な実感、それを表現する形式としての童話なのです。

 童話の世界では、人間と動物が語り合い、自然が人間に語りかけ、自然と自然が囁き合っています。皆生き合っています。交わり合っています。童話の世界こそイエスが「心を入れ替えて子供のように」と招かれた世界ではないか、童話の世界こそ、持つこと、することから離れた、単純にあるの世界、存在の世界、(なま)の命の世界ではないのか、そのように思えます。童話の世界、それは全てのありとしあるものが、根源的に生かしてくださる方の手の内に「生き、動き、存在し」(使徒言行録17章28節)合っている、交わりの世界です。こういう単純な世界を、私たちは忘れてしまいました。そして持つことに狂奔し、することにうつつを抜かし、そこで「いったい、だれがいちばん偉いのでしょうか」と競い合っています。そういうあるべき本来の世界から離れてしまった、いわば故郷を喪失したような私たちに、端的な命の事実に気づき、そこに身を置いて、もっと単純に生きなさい、命そのものの実感を大切に味わいつつ、今あることに感動して、今日一日を生きなさい(マタイによる福音書6章34節)、そう呼びかけて、イエスは「心を入れ替えて子供のように」と言われたのです。

 「心を入れ替えて子供のように」、これは(なま)の命への招きです。ここに聖書の語る究極的人生態度があります。そして、溢れる物に埋もれて命の感覚が希薄になって、人の命を奪うことも、自分の命を捨てることも、いとも簡単なことになってしまっている現代社会への、根本的な問いかけがあります。

 

《どうしたら、生かされて今ここにある命に気づき、それに委ねる生き方へ変わることができるのでしょう》

 

 ひとことで言えば、それは簡単なことではありませんが、特別の能力の求められることではなく、その意味では簡単なこと、とも言えると思います。

 わたしたちの思いは日常においては、幸福や、業績や、富や、地位や、そういうものの追求に集中していますから、(なま)の命に気づくというような内に向かっての凝視をすることは、確かに困難なことです。それを漠然と考えることは出来ても、本当に気づいて生き方が変化するまでに自己凝視をするということは出来ないと言ってもよいでしょう。ですから、そういう気づきは、人間の力の及ばない、「向こうからの賜物、あるいは恵み」とも言えるようなことだと思います。

 (tato)えてみれば、生かされて今ここにある命に気がつくということは、こういうことです。(卓上の『ティーポット』を引き寄せながら)このティーポットを私とします。私は、より良く生きるために(『注ぎ口』を回しながら)こうします、あるいは、(再度『注ぎ口』を回しながら)こうすることがより意味のあることと思い、そう努力します、あるいは、(三度『注ぎ口』を回しながら)こう生きることがより価値ある生活だと思い、そうします。いろいろやります。時には、そういう水平的な考え方を破って、(『蓋』を上げて)こういう垂直的な生き方をして人々をあっと言わせようとするかも知れません。さらには、(『蓋』を取り除いて)自分を空っぽにして無欲に生きるのが尊いと言うかも知れません。とにかく、そういういろいろな生き方をしながら、人生を生きていきます。しかし、そこでは私が《ここに生きてあるということ》は、前提になっていて、考えていません。生きていることを《当然の前提》としています。なぜなら、私たちは気がついたら既に生きているのであり、別に毎朝々々意識して生き始めているわけでもなく、生きるということは考えずに放って置いたまま、それで生きております。命そのものを問題にすることはありません。しかし、さきほどから申しておりますように、私たちのうち誰ひとりとして自分の意思や、考えや、希望で、この《ここに生きてあるという存在》になったものはいないのです。ですから、(『ティーポットスタンド』を指して)『ティーポット』がこの『ティーポットスタンド』の上に置かれ、それに支えられ、それによって在らしめられているように、私たちの命も、実は在るのではなくて、私たちを生かす力によって在らしめられて在る、そのように言うのが、正確に自分の命を凝視していることになるでしょう。

 私は、実は生かされてここにあり、支えられてここにあり、置かれてここに存在しているのです。そういう生かす力によって、置かれ、生かされ、支えられて存在しているのが、私の命の生の姿であり、生きているという端的な事実なのです。

 しかし、私はこの《命の()りよう》が見えません、生かされているという命の端的な事実に気づきません、『ティーポットスタンド』が見えません。そして、まるで自分の力で在るかのように思い込んで、より良く生きようといろいろな価値や、意味や、目的を考えて、それを追い回して、だれが一番と競っているのです。競っていることが生きていることだ、と思い込んでいるようなところが私たちにはあります。もう私たちには、この生かしてくださる力が見えません、気づく力はありません。もしそれに気づくとすれば、(『ティーポットスタンド』で『ティーポット』の底をとんとんと叩きながら)生かしてくださる力の方から、そのことを気づかせてくださる、そのことによってのみです。その意味では、生かされているという在りように気づくのは、「向こうからの賜物、あるいは恵み」であって、わたしの力の及ぶところではないのです。

 ではこの、(なま)の命に気づくという点で、人間の側にすることは何も無いのかと言えば、そうではなくてあります。どういうことかと言いますと、一言で言えば、さきほど申しましたが、丁寧に苦しむということです。

 日々の生活の中で、さまざまな苦悩を私たちは味わいます。手抜かりなく誠実に生きていても、苦悩は向こうからやって来ます。そうなると、私たちはどうしても何とかそれを避けたい、早く解決して安楽になりたいと思います。それは当たり前なのですが、しかし、では苦悩の無い生活が善いのかというと、そうでもないのです。そういう楽な生活が続くと、私たちはいつの間にか思い上がるのではないでしょうか、表面に現さなくとも、自分の限界を忘れて調子に乗るのではないでしょうか、そういう気がします。矛盾や苦悩に苦しめられることなしに、私たちが、自分の力で人間の限界を正しく(わきま)え続けられると思うなら、それ自体が傲慢(ごうまん)だと思います。私たちは、そんなに慎み深いものではありますまい。矛盾や苦悩に助けられて、私たちは(かろ)うじて人間として目覚めることができるのです。ですから、苦悩がやって来たら、その苦悩を丁寧に苦しみたいと思うのです。それが、内に向かって目が開かれて、「向こうからの賜物」である命の端的な事実に、気づく備えになると思います。こういう人間側の備えと向こうからの気づかせとが出合って、そこで一瞬に直覚する、直感する、それが在らしめられて在るという命の在りように気づく、ということだと思います。

 いずれにしても、生かされて今ここにある命そのものは、私たちが試練に会い、誘惑に曝され、混迷に陥り、その中で確信していたものが崩れたり、分からなかったものが分かってきたり、そういう手間のかかる苦悩の道を通ってでなければ、それは現れてはきません、気づきません。

 だから(なま)の命に気づくということに対しては、明快と性急は禁物なのです。不明確さに耐えて自分の問題点に気づき、緩慢(かんまん)さに耐えて自分を改めていく、その根気のよい自己凝視こそ、それに対して相応しいのです。「苦悩の助けを借りての無限の自己凝視」、それが、生かされて今ここにある命に気づく、そして、それを味わいつつ生きる道でしょう。

 

《しかし、そういうことを続けることは、ふつうの人間には難しいことではないでしょうか》

 

 そのとおりです。むしろ、そういう生き方ができると思う方が思い上がりでしょう。しかし、難しいことではあるのですが、それでも「気を取り直し」、「思い直して」、その道を歩み続けることは出来るのではないでしょうか。連続的でなくても良いと思います、断続的にでも、「気を取り直して」苦悩を丁寧に苦しみ続けたいと思います。いずれにしても、丁寧に苦しむこと以外に道は無いのですから。苦悩を求める必要は全くありませんけれども、それが来たら丁寧に苦しみ、その力を借りることです。

 

 榎本栄一さん(1903〜98)という仏教詩人がおられました。確か淡路島出身の小学校を出ただけの化粧品屋さんだったと思いますが、たくさんの優れた詩を残されました。詩集が八冊ほどあります。その中に「仏のむち」(『念仏のうた常照我』樹心社、1988)という短い作品があります。次のようなものです。

 

やはり私は

ときおり  鞭をいただきたい

しばらく

ぐんにゃりするが

そのあとがよいのです

 

 ここには、苦しむことなしには、生かされて今ここにある自分の命を見ることは出来ない、人は人になることは出来ない、そう気づいている人の、生きることへの丁寧さがあります。しかし、榎本さんはその苦しむことを、「ときおり」のこととしておられます。わたしたちは、苦しみを、いつもいつも自己凝視のチャンスに生かしていけるほど誠実に生き得ないのです。そして、それでよいのです。人間はその程度のものです。

 

 要するに、(なま)の命に気づくのは、簡単なことではありませんが、特別の能力が要るわけではなく、苦悩が照らし出す自分をじっくり見せて戴いている時に、それは起こることなのです。その意味では、誰にでも出来ることと言えると思います。

 

《命の端的な事実に気づき「在りよう」が変われば、「生きよう」はどのように変わりますか》

 

 命の端的な事実に気づき、私たちの「在りよう」が変わった時、即ち、「在る」のではなくて「在らしめられて在る」のだと気づいた時、「生きよう」はどう変わるかと言えば、敢えてひとことで言えば、生き方が『咲く』ようになる、と思います。

 注意しておきたいことは、命の端的な事実に気づくということは、一度気づいたら、後は迷いなくその気づきに立ち、それに生き続けられる、そういうものではないということです。気づいては迷い出て分からなくなり、また気づいては迷い出て分からなくなる、そのようなこと、それこそが実は、(なま)の命に気づくということなのです。それでは少しも変わっていないではないか、と言われるかも知れませんが、そうではないのです。

 命の端的な事実に気づいても迷いは続くのですが、それに気づいた時、それまでの「あても無く迷うというのではなくて、あてのある迷い」(迷い方の分かった迷い)が、(なま)の命に気づくことによって始まるのです。したがって生き方の変化の方も、鮮やかなものが必ずしも見られるわけではないのですが、それでも確かな変化が出てくるのです。

 二つの変化が、程度の差こそあれ、出てきます。一つは、生かされていることに気づいた故の「感謝、あるいは安心」です。もう一つは、生かされていることに気づいた故の「受け入れ、つまり、人生を受け入れる姿勢」です。感謝と受け入れの姿勢、この二つが一緒になって起こる新しい生き方を、私は「咲く」と呼びたいと考えていますが、そういう「咲く」生き方が、「在りよう」が変わったことに基づく「生きよう」になります。

 なぜ「咲く」と言うのか、これについては私の下手な説明よりも、一つの詩を読んで、説明に代えさせて戴きましょう。渡辺和子さん (ノートルダム清心学園理事長)の『心に愛がなければ』(PHP研究所、1987)という本で知ったもので、元は英語の詩だそうです。

 

神が置いてくださったところで

咲きなさい。

仕方がないと諦めてでなく

「咲く」のです。

「咲く」ということは

自分が幸せに生き

他人も幸せにするということです。

「咲く」ということは

周囲の人々に あなたの笑顔が

私は幸せなのだということを

示して生きるということなのです。

“神が私をここに置いてくださった

それは すばらしいことであり

ありかたいことだ”と

あなたのすべてが

語っていることなのです。

 

「咲く」ということは

他の人の求めに喜んで応じ

自分にとって ありがたくない人にも

決して嫌な顔 退屈気な態度を

見せないで生きることなのです。

 

 私の知っている限りでは、このようにみごとに「在りよう」の変化に基づく「生きよう」の変化を歌ったものを知りません。

 生かされて今ここにある命に気づいて、「神が私をここに置いてくださった」、と人生の「在りよう」の変わった者の「生きよう」の方向は、「それはすばらしいことであり、ありかたいことだ」という方向、つまり、人生においてもたらされるものは何でも感謝して受け入れていこう、ということになるのです。そして、何でも感謝して受け入れると言えば、それは、一見無気力な諦めに似た生き方のように見えますが、そうでないことは、この詩の語るとおりなのです。

 それは、今ここにある命そのものが、置かれている場所に影響されることなく輝くことであり、(なま)の命に気づいた者の気力充実した、その命への服従なのです、委ねなのです。

 イエズス会のアントニー・デ・メロが、その著『心の泉』(女子パウロ会、1987)の中で「受け入れがたい状況を感謝して受け入れる時、人は神秘の世界を味わったことになる」といった意味のことを申しています。「咲く」とは、目の前のことに振り回されない神秘的なまでの余裕を、表現している生き方とも言ってよいことでしょう。

 

《最後に、付け加えられることはありませんか》

 

 ちょっと注意しておきたいことは、命が輝くということと、能力が発揮出来るということとは全く別の話であるということです。

 よく私たちは言います、ここでは自分の能力は発揮出来ない、自分の能力の可能性を求めて新しい別の所を探そう、そう言って、そういうことをよく私たちはするのです。それはそれで意味のあることですが、弁えておかねばならないことは、能力は置かれたところに影響されますけれども、命は置かれたところに影響されないということです。ですから、結局その機会に恵まれず、能力の不完全燃焼をかこちつつ生きることになっても、必ずしも、それが不幸ではないことは弁えておきたいと思います。なぜなら丁寧に生きれば、つまり、感謝して受け入れていけば、どんなところででも輝くのが命だからです。能力が発揮出来るということと、命が輝くということとは全く別のことなのです。得意において色槌せる命もあれば、失意において輝く命もあるのです。能力の発揮と命の輝きとの区別がつかないままに、(いたずら)に可能性を夢見て追い求めることは、命の空洞化を招きます。人間としては不幸なことです。命はとこででも輝くのです。

 アントニー・デ・メロは、「神秘主義とは、あらゆることに感謝を感じることである」とも言っています。「受け入れがたい状況を感謝して受け入れる」、この「命咲く」生き方には、生かす力である神の圧倒的な臨在感があります。実に神秘的な生き方です。まさに自分を真ん中に据えない「在りよう」に基づく自分を真ん中に据えない「生きよう」の実現であり、宗教の求める究極的人生態度の実現と言えるのでないでしょうか。

 

《どうも長いこと今日はよいお話をありがとうございました。》

 

(この放送については、NHK大阪放送局チーフーディレクター多田穣氏に大変お世話になりました。記して微意に替えます。)