うるわしき朝も 静かなる夜も

聖書と共に老いを生きる

 

目 次

律法のそもそも     (「信徒の友」 20084月号掲載)

受け取って生きる   (      同               5月号掲載)

「従う」と「守る」     (      同               6月号掲載)

偽りがない人      (      同               7月号掲載)

心の置き所       (      同               8月号掲載)

とにかく生きる      (      同               9月号掲載)

ねたみ          (      同              10月号掲載)

世間体          (      同              11月号掲載)

再び 信仰の本当   (      同              12月号掲載)

 

 

律法のそもそも

詩編 42編 2〜3節

神に、命の神に、わたしの魂は渇く。(3節)

 

イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であったと言われます(ルカ3・23)。とすれば、ユダヤ教の律法主義に深く疑問を感じておられた12歳の少年

イエスは、その後約18年間どのようにその疑問を追究しておられたのでしょう。

月日をかけなくてもわかるものはいくらもありますが、生きることに関する知恵はそうはいきません。月日に試されることが必要なのです。信仰もまた、生きることに関わることとして同じです。

イエスは疑問を明らかにしようと求めつつ、日々を送られたでしょう。もちろん父ヨセフと同じ大工の仕事をしながら、ヨセフが亡くなった後は特に長男として、マリアを助けて家庭を守られたでしょう。しかし、そういう生活はイエスと家族の間に、表面はともかく、ある種の緊張を避け難いものにしたと思われます。

イエスが公生涯に入られてまもなく、「あの男は気が変になっている」とうわさされて、身内の人たちがイエスを取り押さえに来た話があるのです(マルコ3・21)。イエスは家庭ではまちがいなく厄介(やっかい)な心配の種であったでしょう。

 そういう中でイエスのユダヤ教追究は、形式に堕してなお問題を感じない律法主義それ自体よりも、その元である《律法のそもそも》に注目するものになっていったのではないでしょうか。

 たとえば、

  「わたしはあなたの律法を

   どれほど愛していることでしょう。

わたしは絶え間なくそれに心奇砕いています。

   ・・・

   あなたの仰せを味わえば

   わたしの口に蜜よりも甘いことでしょう」

                  (詩編119・97103

  「蜜よりも甘い」、果たして《律法のそもそも》はそういうものであったのか? 律法に苦しめられている人々の姿を見ながら、イエスは考えざるをえなかったと思われます。

さらに、たとえば、

  「主は命の神。

   わたしの岩をたたえよ。

   わたしの救いの神をあがめよ」   (詩編1847

「涸れた谷に鹿が水を求めるように

神よ、わたしの魂はあなたを求める。

   神に、命の神に、わたしの魂は渇く」

                  (詩編42・2〜3)

  「昼、主は命じて慈しみをわたしに送り

   夜、主の歌がわたしと共にある

    わたしの命の神への祈りが」  (詩編42・9)

 これらの詩編が示すように、岩のようにたしかな、魂の渇きを癒す、昼夜を分かたぬ守りを感謝できる「命の神」、そのような方のお求めになった律法が、どうして命をまったく無視した形式を固守するだけの律法主義になったのか? イエスは「命の神」とはまったく異質な何かを律法主義に感じられたでしょう。

 

 律法はたしかに救いの恵みに応える行動の規範です。しかし、その律法そのものが救いの恵みをくださった神の意志の啓示なのですから、律法それ自身も恵みで

あったと言うべきでしょう。救いに応える術を人間が考えたわけではないのです。術を知らない人間にその術を示された、それが律法なのです。ですから、律法も救いの恵みに含まれるのです。

 すべては神がお膳立てをしてくださったことです。その意味では出エジプトの救いの神は創造者なる神です(出エジプト記3・14)、すべてを創造した《生かす働き》そのものである「命の神」です。イスラエルは出エジプトの救いにおいて、創造者なる神にお会いしていたのです。救いの恵みに創造の神の《生かす働き》を見なければならないのです。

 煩瓊(はんさ)な律法主義に疑問を抱いて《律法のそもそも》に思いを深められていたイエスは、律法自体よりも創造者なる「命の神」に注目されたのでないでしょうか。そして、「飼い主のいない羊」のような一人一人を単純に「命」として大切にすることに、答えを見いだされたのではないでしょうか。                          Ω

 

 

受け取って生きる

ヨハネによる福音書1章19〜34節

ヨハネは答えた。「わたしは水で洗礼を授けるがあなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。」    (26節)

 

  《律法のそもそも》(先月号参照)に思いを深めて、律法自体よりも、律法を与えてくださった創造者なる「命の神」に注目されたイエスは、律法主義的信仰をユダヤ教と思い込んでいるユダヤ社会に向かって、《声》をあげる使命を感じられたでしょう。その時そのイエスをナザレから引き出して、その《声》を「福音」として公に()べ伝える道を用意する役割を担った、もう一つの《声》が現れました。洗礼者ヨハネの声です。彼が荒れ野に現れて、罪の(ゆる)しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた話は、福音書のすべてが共通して語っています。しかし、ヨハネによる福音書だけは、その1章19節以下に、この洗礼者ヨハネの活動にユダヤ教当局から疑問が投げかけられたことを伝えるのです。

 宗教的権力の座であるエルサレムから、律法主義的信仰の指導者であるファリサイ派の人たちがやって来て、バプテスマを授ける資格のある者はメシア的存在でなければならない、とヨハネを問い詰めます。ヨハネはその資格はないと認めますが、そこで彼は言います、「あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物(はきもの)のひもを解く資格もない」(2627節)。つまり、律法主義的に忠実に律法を守りながら、その律法を与えてくださった神ご自身を知らないあなたがたの中に、それを知っておられる方がおられるというのです。

 そしてさらに次の日に、ヨハネ自身も知らなかったその方イエスが来られて、強いられて彼が洗礼を授けた時、「″霊″が(はと)のように天から(くだ)って、この方の上にとどまるのを見」、「その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である」と言われるのも聞いた、だからこの方こそ神の子であると証ししたのです(3234節)。つまり、ヨハネはバプテスマを授ける資格はないのですが、イエスがこの世に来られた創造者なる「命の神」であることを証しするために不可欠のこととして、イエスに洗礼を授ける使命を与えられ、それを行ったのでした。

 もともとヨハネ自身は、律法を与えてくださった神を知らないままに律法主義に凝り固まって、それを義務的に果たすことで()れりとしていたユダヤ教に、倫理的徹底を求めて悔い改めの洗礼を迫っていたのです。イエスはそれに応じられたのですが、イエス自身は創造者なる「命の神」の根底的な生かす働きのままに生かされて生きようとしている方ですから、ヨハネが意図し、人々もそう思っていた倫理的意味の罪の悔い改めではなくて、根底的・霊的に洗礼を受けられたのです。

 つまり、その洗礼においてイエスは神のお働きである“霊”に満たされ、ヨハネが求めた倫理的な悔い改め以上の深さにおいて、と言うよりはそれの反対の、生かされて生きる方向で、「命の神」の《生かす働き》による根底的な救いの業をされる方であることを示されたのです。いずれにしてもそのようにしてヨハネは、イエスがこの世に来られた創造者であり、律法の授与者なる神であることを証しする洗礼を授ける使命を果たしたのでした。

 ヨハネが求めた禁欲的倫理主義はいかに厳しくとも人間の努力です、《自力のこと》です。それに対してイエスがヨハネの洗礼を受けて示されたことは、まさに天来の力が降って、それに生かされる《他力のこと》でした。それは律法主義ではなくてその反対、《律法のそもそも》である創造者なる神の御手から一切を受け止めて生きる、被造物としての本来の《受け身の生き方》でした。

 

 わたしは《わたし》です。それは望んだわけではなく、与えられた《わたしであること》を受け止めてのことです。わたしたちの存在はそのように、意のままのことでなく、意のままでないものを受け止めてのことなのです。そして、そのように受け止めるのは諦めではなくて、「命の神」の創造に根を下ろすことです。従って「命の神」を信じるとは、自分の意の成る成らぬに関係なしに、今ここを、創造に根を下ろしていることとして、安心して生きてよいということなのです。そのように「今ここを安心して受け取れる」、それが《律法のそもそも》に気づかれたイエスが声をあげられ、ヨハネが道を用意した「福音」なのです。                                  Ω

 

 

「従う」と「守る」

マルコによる福音書1017〜22節

あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。・・・・・・それから、わたしに従いなさい。    (21節)

 

  「善い先生」、とこの金持ちの男がイエスを呼び止めたのは、彼が抱いた質問「永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか」にお答えをいただきたかったからです。イエスはそれに対して「『殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、奪い取るな、父母を敬え』という掟をあなたは知っているはずだ」(19節)と、言われたのです。イエスにすれば何をいまさら、すべきことはすでに教えられているではないか、というわけです。ところが十戒の実行をイエスに求められてこの男も、何をいまさらと言わんばかりに、「先生、そういうことはみな、子供の時から守ってきました」(20節)と言ったのです。これは反発でも、思い上がりでもありません、子どもの時から律法主義によって教育された彼は、十戒をずっと《守って》いたでしょうから。

 思うに律法主義によって信仰を育てられてきた彼には、すべてのものを生かす方である「命の神」のご意志に《従おう》というよりは、幼いころから会堂で教え込まれた戒めを欠けなく《守ろう》という思いが強くあるのでしょう。そしてそれだけに、自負と共にこれで十分なのかしら、守るべきことは他にもあるのではないかしらという不安もあり、彼は永遠の命を受け継ぐためにさらにすべきことを探し求めてイエスの前にひざまずき、「善い先生」と呼んで「他に何か」と尋ねたのです。ところがイエスの答えは、「子供の時から守ってきた」十戒でした。律法主義に従ってまじめにやって来た彼にとっては、イエスの答えは拍子抜けするものであったでしょう。

 ですからイエスは、がっかりしている彼を見つめて、(いつく)しんで言われたのです、「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」(21節)。

 注意したいことは、このイエスのお言葉を、「殺すな」「盗むな」などの戒めの他に、「施しをせよ」という戒めをもう一つ加えよ、と言われたと解釈してはならないことです。確かに、イエスはここで「施し」について勧められてはいます。しかし、このイエスの言葉で大切なのは、最後の一句「それから、わたしに《従い》なさい」なのです。彼に欠けていたのは、《従う》べき善い方として「命の神」がおられるのが見えていないことでした。《守る》べき規則として十戒は見えていましたが、「命の神」が《従う》べき方として見えていないことでした。

  「施し」は金持ちである彼が、「命の神」に開眼して、その神に《従う》具体的な一歩として命じられていることであっても、十戒の「殺すな」「盗むな」などを補足する11番目の規則ではないのです。それは彼だけに求められている《従う》ことの内容なのです。《守る規則》は誰もが守るべき普遍性・共通性を帯びますが、《従う命令》は特定の人が従うべき特殊性・個別性を帯びるのです。

  「行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」、これは規則ではありません、《金持ちの男に与えられた、彼だけが従わねばならぬ命令》なのです。そしてそこで、彼は、彼を生かしておられる力なる「命の神」に出会っているのです。

 

 五〇年以上前の古い話ですが、教職研修会で自由懇談の際に一人の老牧師が特に発言を求めて、ご自分の長年の食生活について懺悔の証しをされたことがありました。それは食い過ぎをどうしても止められないというもので、今にして思えば何かご病気ではなかったかと思うのですが、自分の意思の弱さとして告白されました。話題が話題だけに、最初は皆笑って軽く聞いていたのですが、涙と共に過食を自分の心の弱さとして、罪として語られている姿に、それを命じられる神と、従わんとする彼の姿を見て、一同最後は粛然と聞き入ったのでした。「命の神」は《守る規則》によってではなく、一人一人を《従うべき命令》によって個別に生かしておられる、真に「善い方」なのです。                                        Ω

 

 

偽りがない人

ヨハネによる福音書1章4351

イエスは、ナタナエルが御自分の方へ来るのを見て、彼のことをこう言われた。

「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない。」  (47節)

 

  「見なさい。まことのイスラエル人だ」と、イエスからその信仰を絶賛された人がいます。ナタナエルです。それは彼が幼子のように委ね切った信仰を持っていたからではありません。その信仰を揺らぐことなく生き抜いたからでもありません。彼には「偽りがない」からでした(47節)。

 そのナタナエルにイエスこそ救い主であるとまず紹介したのは、友人フィリポでした。フィリポは洗礼者ヨハネの弟子からイエスの弟子になったアンデレやヨハネ、彼らの兄弟シモンやヤコブとは違って、イエスが伝道を始めるべくガリラヤに行こうとされた時に直接選ばれた、その意味では最初の弟子ですが、彼はイエスに従って行きながら心の中に抑え難い思いの動くのを感じていました。それは、この方は「モーセが律法に記し、預言者たちも書いている方」(45節)、すなわち、待ち望んでいる救い主ではないのか、ということでした。それでそのことを友人ナタナエルに伝えようとしたのです。ナタナエルは後にイエスに、「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」(48節)と言われていますが、《いちじくの樹下で祈る》、そういうタイプの求道的で敬虔(けいけん)な人であったからでしょう。

 ところがナタナエルはフィリポから「それはナザレの人で、ヨセフの子イエスだ」と紹介されると、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(46節)と問題にしないのです。これはナザレが悪い(うわさ)の町であった、ということではないでしょう。ナタナエルはナザレの北13キロにあるカナという古代からの交通の要地であった町の人でしたから、ナザレのことはよく知ってアいて、ナザレのような歴史の浅い小さい村の出身と聞

いて、思わず「あんなところから救い主だなんて!」と思ったのです。それだけのことです。しかし、フィリポにすれば、ナザレの村がどうのこうのじやないのです。イエスという方にじかに会えばすべてわかるのです。それで彼は言います、「来て、見なさい」(46節)。

 (うなが)されてナタナエルは、別に信じるわけではないのですが、それほど言うのなら会ってみようか、半信半疑というよりは、「まさか」と疑う気持ちの方が強かったでしょうが、とにかく疑いながらもイエスの方に近づいて行きます。そういうナタナエルを見てイエスは言われたのです。「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない」(47節)と。ナタナエルはイエスを信じてはいません、むしろ疑っています。しかし、心は閉じていないのです。だから近づいて行きます、イエスの方へ。そういう閉じない構えで「すべて真実なこと……を心に留め」(フィリピ4・8)ようとする開いた心の持ち主であるナタナエルを、これこそ信仰を持つものの姿と認めてイエスは絶賛されたのでした。ですから「偽りがない」とは、単に正直ということではないのです。真実なことには心を閉じない、開けている、そのことなのです。

 イエスにとって真実な信仰は、迷いつつ信じる、信じつつ迷う、そういう開いた心にあるのであって、迷いも、疑いも、疑問も何もない、確信に満ちた心にはないものでした。熱心で確信に満ちているのに、イエスの信用してくださらない信仰がたくさんあったのです(ヨハネ2・2325

 ナタナエルはその後、イエスを信じ弟子となったのですが、十二弟子に選ばれることはありませんでした。しかし、後に復活のイエスがガリラヤ湖畔に現れた時、十二弟子の一人でもないのに、また漁師でもないのに、不思議に彼もその場にいて、主の復活顕現に接するのです(21・2)。最後まで出世争いにうつつをぬかしているような十二弟子には加えずに、彼の《いちじくの樹下で祈る》タイプを生かしてその道を歩ましめられていたイエスは、最後にまことに昧なことをされて、彼は「もっと偉大なこと」(1・50)をガリラヤ湖畔で見ることになったのです。その後の彼については聖書は何も伝えませんが、真実なことに心を開き続けて、「命の神」の生かす働きのままに偽りのない生き方を貫いたことと思われます。                      Ω

 

 

心の置き所

ルカによる福音書15810

言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。  (10節)

 

 「見失うた羊」、「無くした銀貨」、「放蕩(ほうとう)息子」失ったものを見つけた喜びを語る3つのたとえがルカによる福音書15章に並んでいます。いずれのたとえも、罪の中に失われたものを捜す神の救いの愛を語るものであることはまちがいないのですが、二番目の「無くした銀貨」は少しようすが違います。なくなったことに銀貨は責任の取りようがなく、その責めは一方的に銀貨の所有者の女が負うべきことだからです。なぜこういう話がここにあるのでしょう。

 

 たとえの主人公である女は、ドラクメ銀貨を10枚持っていてそのうちの一枚をなくし。ともし火をつけて家を掃いて捜します。ドラクメ銀貨1枚は一日分の労賃ぐらいと言われますから、当然彼女は一生懸命捜したでしょう。手元に10枚を持っていたときは、どの銀貨もドラクメ銀貨として同じであり、一枚一枚を特定して、それぞれに思い入れすることなどなかったでしょう。彼女の心の中では、10枚全体がひとまとめにあるだけで、一枚一枚がどういうドラクメ銀貨かということは考えもしなかったと思います。しかし、一枚がなくなった時、その一枚をほかの九枚とは違ったまさに《その一枚》として、彼女はその存在をはっきり意識したことでしょう。そして、それまで全体の

中に埋もれて考えもしなかった《一枚の存在の重み》を感じ、必死に捜したのではないでしょうか。

 いずれにしても、この「無くした銀貨」のたとえの中で紛失の責任を問われるべきは、その女、10枚の銀貨全体の中で一枚の存在の重みに気づかず、一枚を軽く扱ってなくしてしまった、持ち主の女なのです。

そもそも「銀貨」には、「羊」や「息子」がそれぞれ「羊飼い」や「父」に対して抱いたような悔い改め情など、持ちようがないのです。このたとえの中で、「一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある」(10節)と言われている「一人の罪人」とは、実は「ドラクメ銀貨を十枚持っている女」自身なのです。確かになくなった銀貨を捜し出す神の熱心、そして発見した神の喜びが、このたとえの語ろうとすることですが、むしろそれらを背景にして、銀貨一枚が持つ《個の存在の重み》、そして、それにもかかわらずその女が《個の存在への注目》をおざなりにしたこと、それこそが語られているようにわたしには思えるのです。                    

 少し冷静に心の内をのぞいてみれば、わたしたちは皆もっともらしいことを言って装って暮らしていますけれども、心の底では《ねたみ》の思いにとらわれて流されているのがよく見えます。さらに、人間として生きるということを何よりも大切にして、自分自身を生かすように自分の存在へ心くばりすべきであるのに、それをしないまま《世間体》に気を取られて振り回されているのもよく見えます。結局人聞はいつの時代でもほかと比べるということから自由になれないのです。歳を取ればそういうことがなくなるかと言えば、とんでもない。ますますひどくなります。わたしたちはつまるところあの徴税人(ルカ1813、参照:四月号、五月号本欄)にはなれないのです、所詮ファリサイ派の人間です。勝ち負けの意識にまといつかれ、さいなまれています。

 自分自身の《個の存在に注目》せず、自分自身の《個の存在の重み》に気づかず、よく考えてみればわたしたちは結局、自分を見失ったまま生きていると認めざるをえません。銀貨をなくした女のように《個の存在》をなおざりにしているのです。

  「命の神」に一個の存在として与えられた自分の命を、それがどんなものであれそのままに大切に生きること、人間がいちばん心すべきことはほかとの比較ではなくて、そのことでしょう。存在せしめられているものとして存在することです。相手に対しても同様に、自分とは違う相手の《個の存在に注目》して、その《存在の重み》をそのままに大切にすることです。そして、人間として生きることをいちばん大切と心得ている人の《心の置き所》は、まさにそこなのです。

  「無くした銀貨」のたとえは、「命の神」に罪の中から捜し出された者の持つべき、その《心の置き所》を教えるべくここにあるように見えます。いずれにしても罪とは端的に《ねたみ》と《世間体》、特に老人にとってそうなのです。             Ω

 

 

とにかく生きる

マタイによる福音書2章1618

こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。(17節)

 

 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになりました。王位がおびやかされると不安になったヘロデは幼子(おさなご)イエスを殺そうとして、情報を得るためにひそかに占星術の学者たちを送り出します。しかし、彼らは夢のお告げでヘロデのたくらみを知り、その務めを果たさずに自分たちの国に帰ってしまったのです。王は怒り、腹立ちまぎれにベツレヘム近辺の二歳以下の男の子を皆殺しにしたのでした。これらの子どもたち、そしてその家族は、イエスがお生まれになったばかりに、つまり、神が人間を救おうとしてくださったばかりに、無残な目にあわねばならなかったのです。彼らにとって、イエス‐キリストは救いをもたらす方であるどころか、死に神でした。どういうことなのでしよう。マタイは、それを《エレミヤの預言の成就》と言います。

 

 わたしたちは生きて行く上でさまざまな問題にぶつかります。そして、いろいろ考え、答えを出し、対策を立て、解決しながら生きています。しかし、そうは行かない場合があります。どう考えても答えの出ない、その上、他の人には起こらないのに自分にだけ起こる問題にぶつかることもあります。結局、不可解、考え込むだけなのです。幼児皆殺し事件は、人の世のそういう不条理を鋭く突きつけて来る出来事でした。

 考えてみれば、わたしたちは何のために生きているのでしょう?士生きることに一体どういう意味や、価値や目的があるのでしょう? よくわかりません。

  そもそも生きる意味がわかってから生き始めたわけではありません。気がついJたら生きているのであり、お互い生きながら生きる意昧を求めているのです。その際わたしたちは、どうしても自分を中心に、自分の 方から人生を眺め、自分に都合の良いように人生は展開して行くと思ってしまいます。そして、別に約束されたわけでもないのに、平穏無事に幸せに生きていくものと思い込み、そのことを大前提にして、考えてしまいます。つまり、わたしたちは幸福願望に流されながら万事を見ています。ですから、その観点で不可解、不条理とすぐに思い込んでしまうことが多いのですが、実はそこにこそ読み取るべき神の御心が成就している、そうマタイは言うのです。

 眼前に起こっていることは、平穏無事を当然としている幸福願望の目で見れば、残酷で乱暴極まることであっても、それは《生かす働き》である「命の神」のお働き以外のことでなく、受けとるべき神の御心がそこに成就しているのです。その意味では、幼児虐殺を不可解ながらそのまま受け止めることが、救いにあずかることとなるめです。

 イエスの蔓生に幼児虐殺が伴ったことは、救いは人間の望みが通るところにではなく、神の望みが通るところにこそ在ること、従ってその不可解をそのまま受け止めるところにこそ在ることを示しています。はっきり言ってしまえば、救いは人間の望みが拒否される形で与えられるのです。

 

 生きる意味がわからないから死ぬという人がよくいます。しかし、そんなことを言い出したら生きていられる人は一人もいないのじゃないでしょうか。イエス−キリストは救いをもたらすためにだけ来られたのでほないのです。人の世は解答不能の問いそのものであることを気づかせるためにも来られたのです。イエス−キリストは不条理の中で迷いつつ、苦しみつつ生きるのが人生なのだ、それが人生の本当なのだ、ということを示すために来られたのです。

 わたしたちは人生に答えを求めるべきではないのです。そうではなくて意味のわからないそういう人生のただ中で、先走りして閉じやすい心を開いて、とにかく生きることです。生かされたものとして生きている現場を受け止めて、生かしてくださっている「命の神」に心を澄ませて、とにかく生きることです。その時「さやかに星はきらめき、み子イエス生まれたもう」(『讃美歌第2編』219番)でしょう。《とにかく生きる》、とにかくで良いのです。その生き方こそが人生の答えになるでしょう、意味になるでしょう。「いざ聞け・・・天つみ歌を」(同)。         Ω

 

 

ねたみ

 

マルコによる福音書15章6〜15

そこで、ピラトは、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。(9〜10節)

 

 11月号で、述べた「心の置き所」をもう少し考えてみましょう。

 

  「『わたしの家は、すべての国の人の祈りの家と呼ばれるべきである。』ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしてしまった」(マルコ1117)、とイエスが神殿を清められた時、その乱暴な行為に群衆は反発するだろうと。祭司長や律法学者たちは思っていたのではないでしようか。ところが群衆は逆に皆イエスの「教えに打たれた」のです。その様子を聞いて祭司長たちはイエスを恐れ、『イエスをどのようにして殺そうかと謀った』のでした。

 

 それにしても、この「殺そう!」とすぐに謀った彼らの反応は、一体何なのでしょう? 少し異常じゃないでしょうか。イエスの行為を認めていてはユダヤ教の秩序が乱れ。その混乱が統治者であるローマとの関係を悪くする、そういう心配をその時すぐに彼らが持つたからでしょうか。しかし、それにしてもそれは、真の理由は別のところにあるのではないかと思わせるほどの過剰な反応でした。事実それは、『群衆が皆その教えに打たれていたので、彼らはイエスを恐れたから』であったのです。つまり、イエスの教えが彼らの教えよりも権威あるものとして群衆の心をとらえた。そのことに、彼らは殺意となるほどの強い《ねたみ》を抱いたからなのでした(マルコ111519)。

 しかし、群衆を恐れてイエスを捕らえることもできないままにいた(1212)彼らは、やがて過越祭と除酵祭の二日前に、民衆が騒がないよう祭りの間を避けてイエスを捕らえて殺そう、と計略を練ります(141)。そして、裏切り者ユダを買収して(1011)イエスを逮捕し(46)、最高法院で裁判に付し、死刑のために強引な審議を繰り返し、夜を徹して死刑にすべき

だと決議し(64)、夜明けとともに最高法院全体で相談した後、ピラトに渡したのでした(15・1)。祭司長たちはそのようにしてやっと、死刑の権限を持つピラトの法廷にイエスを渡すことにこぎ着けたのです。

 ところがその時、彼らには思いがけないことが起こりました。祭りの(たび)ごとに人々の願い出る囚人を一人釈放することを、ピラトは民衆の歓心を買うため習わしにしていたのですが、それを群衆が要求し始めたのです。民衆はバラバという暴徒の釈放を考えていたようです。しかし、ピラトは群衆の要求を無視するかのように言いました。「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」(15・9)。驚いたのは最高法院の連中です。ここでイエスが釈放されたら、今までの努力は水の泡です。祭司長たちは大慌てでバラバを釈放してもらうように群衆を扇動し、ピラトにイエスの十字架処刑を

認めさせたのでした。祭司長たちはほっとしたことでしょう。

  それにしてもです、どうしてピラトはイエスの釈放を提案したのでしょう。「祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである」(1510)、とあります。祭司長たちは気づいていなかったのですが、彼らのねたみは気づかれていました。はたからは丸見え、それが

《ねたみ》というものなのです。ピラト自身はイエスの無罪を初めから知っていたのです。

 同じようなことが先月号で見たとおり、イエスが誕生された時にも起こっています。その時王位を危うくする者と彼をねたんだヘロデ王は、幼子イエスについての情報収集を占星術の学者たちに依頼して暗殺を謀ります。しかし、その《ねたみ》も「夢のお告げ」で丸見え、計画は失敗に終わったのでした。

 《ねたみ》とは自己防衛。「命の神」の《生かす働き》に従って、一人の人間として真に人間らしく生きようとする発想も、努力も、体験もないままに、勝ち負けの意識にまといつかれさいなまれて、自惚(うぬぼ)れて自分自身は実際以上に思い込み、相手は悪意を持って実際以下に見下げる。しかも、その浅ましい心の動きに気づかず、気づいてもそれを何げないことのように装い隠す。その哀れで不毛な自己防衛、《ねたみ》とはそういうまことに恥ずかしい、丸見えのエゴです。そして、主が死なれたのはそのためでした。イエスは誕生と同時に《ねたみ》にまといつかれ、《ねたみ》によって十字架につけられたのです。

《ねたみ》ば必ずあります。巧妙にわたしの中に、いつでもあります。       Ω

 

    

世間体

マルコによる複音書3章2035

神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟姉妹、また母なのだ。(35節)

 

 11月号で述べた「心の置き所」をさらにもう少し考えてみましょう。

 

 前にも触れたことですが、イエスは少年時代よりユダヤ教の律法主義に深く疑問を抱き、ユダヤ教の宗教としての本来の姿を求めておられましたから、その点を巡っていつかそのうちに騒動を起こすのではないか、イエスの身内の人たちは心配していたでしょう。はたせるかなイエスがその信仰に基づいて公に活動を始められた時、それまで律法主義的ユダヤ教から飼い主のいない羊のように扱われていた民衆は、イエスの語る罪のゆるしの福音といやしの業に慰めを見いだして、その行く先々に群がり、イエスは食事をされる暇もないほど(20節)になり、同時にそれは家族の心配していたとおり、「あの男は気が変になっている」(21節)と(うわさ)される騒ぎともなりました。

 そのため母と兄弟たちはイエスを「取り押さえ」(21節)にかからざるをえないことになったのです。しかし、その仕方は、群衆の「外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた」(31節)と記されているように、何か遠慮がちなものでした。彼らは、できれば直接イエスにはなしかけすぐにでも連れて帰りたかったのではないでしょうか。多くの人が群がっているとはいえ、身

内が会おうとするのを妨げるようなことを人々はしないでしょうから、本当はそうしたかったでしょう。しかし直接面と向かって帰宅を促せば、イエスは拒み、口論になるかもしれません。それでなくとも批判的に噂する人も混じっている群衆の中に身をきらすことに、ひるむものがあった身内の者にすれば、そんな場面など見られたくはありません。少しでも穏便に事を運びたい、それで彼らは、人をやってイエスを呼ばせるという目だたない方法をとったのでしょう。無理からぬことですが、身内の者は《世間体(せけんてい)》を気にしていたのです。

 一方イエスは「母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます」と知らされると、「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」と素っ気なく答え。さらに周りにいる人々を見回して、「ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」(34節)と言われたのです。これは身内にすれば立場がなくなる衝撃的な言葉であったでしょう。またこれには、「あなたの父母を敬え」という第五戒に触れる点で、受け入れ難い思いを持った人々もいたでしょう。しかしそれは、イエスの業に慰められて神を賛美しつつ集まっていた民衆にとっては、その救いをいっそう確信せしめる言葉でした。「飼い

主のいない羊」であった彼らは。飼い主に守られている安堵(あんど)を深く昧わったに違いありません。しかし、今イエスの周りに座っている(ゆえ)をもって、イエスの母、兄弟と呼ぼれた彼らも、手放しで安心してはならないのです。「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」(35節)というイエスのお言葉が、そこで同時に語られているからです。つまり、『イエスの周りに座る者』とは、そのイエスのお言葉の意味をわきまえ、行動でそれにお応えしている者だけなのです。逆に言えば、そうでない人は、イエスの周りに座っていても、イエスの兄弟、姉妹、母ではないのです。

 

 当時ユダヤ教の権威であった律法主義は、徴税人、異邦人、罪人、女、子ども、重い皮膚病の人たちなどを差別していましたが、イエスは彼らをあくまでも命として、一人の人間として等しく見ておられました。そうであればこそ、民衆自身今イエスの周りに座ることが許されているのです。ですから、彼らもまたイエスが示してくださった神の御心を生きて、すべての人を一人一人あくまでもその人として大切にする者となることを、期待されているのです。

 

 ところでその期待は、ここでイエスの身内の人たちにもされているのではないでしょうか。身内はその時、理解できなかったイエスの若いころよりの姿を思い出しつつ、変人と見なしている世間とは違う視点で、「気が変になっている」イエスを見ることを期待されているのです。それでこそ身内でしょう。しかし、彼らはイエスのことを案じているようで、実は《世間体》が気になり、自分たちの立場を心配しているだけでした。彼らは身内として心配しているつもりでしょうが、実はエゴ丸出し、身内の顔をした、身内でない身内だったのです。

身内、この仮面をかぶって一体私たちは何を考えているのでしょう?                     Ω

 

 

再び 信仰の本当

ヨハネによる撥音書21章15〜19節

はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。(18節)

 

 初回の四月号の問題『信仰の本当』をもう一度取り上げて、本連載を終えることにいたします。

 わたしは若いころ生き方に行き詰まって、父の勧めで教会を訪ねて求道したものです。関心は『信仰』よりも『生き方』の方にあり、批判的な態度で教会に通っているうちに一つの御言葉に捕らえられたのです。それは「はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」(18節)でした。それが(よみがえ)りのイエスとぺ卜ロが三度交わした会話の中に出てくる主の御言葉であることはわかっていましたが、そういう文賑を離れて、『生き方』を求めているわたしの行く手に立ちはだかったのです。特に最後の「行きたくないところへ連れて行かれる」が、そうだったのです。その時、これだ! と光を見たような思いに包まれました。六〇年ぐらい前のその時のことを今もはっきりと覚えていますが、“これが最後だ、この「行きたくないところへ連れて行かれる」生き方を何としてでも貫くことにしかわたしの生きる道はもうない、この生き方を踏み外したらおしまいだ“そう思ったのです。その時イエスを信じたわけではないのですが、ただ「行きたくないところへ連れて行かれる』の一句が間違のない『生き方』を示すものとしてわたしの存在を揺さぶり、そのまま納得できる『生き方』になったのです。

 わたしのそれまでの『生き方』は、自分勝手に帯を締めて、行きたいところへ行くことの連続のようなものでした。行き詰まると八つ当たり、家族や周囲に迷惑をかけていました。ですから、その御言葉によってその時、それまでの生活を行きたいところを追う生き方の破綻(はたん)として、はっきり自覚せしめられたのです。そして、偽りをまず自分白身の内に問う感覚が目覚め、罪を覚え、やがて主イエスを信じるよう導かれ、それに伴いその一句の「若いとき」と「年をとる」とが、それぞれ《信じる前》と《信じた後》の意味を持つものに変わったのです。そして、この一句を信仰生活の要諦(ようてい)と心得、その後約六〇年をわたしは生きたように思います。神学校以来指導を受けた恩師、松木治三郎先生のお考え《聖書一句の人》は支えでした。先生は全生涯が二分されるような聖書一句を持つなら、聖書の全体を知る必要も、正しい解釈の必要もない、そういう聖句「ただ一句でよい」と言い続けておられました。

 

 ところでこの「わたしの一句」は禁欲的な生き方のように思われ、よくそう言われました。わたし自身はそう感じたことはまったくなく。むしろそれは本来的生き方として、存在の根底に届いている安心感を抱かせるものでした。「行きたくないところへ連れて行かれる」とは、わたしが否定されることではないのです。そもそもわたしが存在するのは、わたしの意志や希望にまったく関係のない、つまり、わたしが否定された状態でだけ起こっていることなのですから、その否定的条件のもとにおいて存在しているわたしを、《そのまま受け取って生きる》、それが「行きたくないところへ連れて行がれる」の本意だからです。この御言葉の意味するところは、わたしが自分の存在を「命の神」の《生かす働き》によって生かされたままに生きるということなのです。そこにあるのは禁欲的な重苦しい心情の正反対、生かされるままに生きているという安心の心情です。そして、その安心の心情の表白、それが私の「(われ)信ず」でした。

神を信じるとは、心の内で迷った末に信じる方に()ける決断をすることでも、まして、心の外に神の存在を考えてそれを認める方に決断をすることでもなく、それは「我信ず」の告白となるような《安心の心情》をまず内に味わうことです。そして、行きたくないところへ連れて行かれる生き方が与えてくれたのが、まさにその心情でした。その生き方によって、自分が何者かであろうとすることを止め、《止めること》によって初めて、わたしの根底にあってわたしを生かし続けているもの、即ち、「命の神」に出合うからです。そしてこの出合いがもたらす《安心の心情》に、わたしは《信仰の本当》を見るのです。

老いは何といっても悲惨、行きたくないところです。だからこそ行きましょう。その悲惨を、生きる現場と受け取れる「安かれ」(ヨハネ201929、口語訳)を聞くでしょう。《信仰の本当》です。        (了)