足るを知る

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平松良夫

 

森鴎外の作品に、『高瀬舟』という短い小説があります。

 

京都の高瀬川を下る舟に、重い罪を犯して遠い島へ送られる人たちが乗っていました。ほとんどの場合、二度と帰って来られないのですから、夜通し身の不運を嘆くのが常です。しかし、喜助という三十くらいの男は、静かに落ち着いていて、その表情には晴れやかさすら見えました。不思議に思った護送の役人が聞いてみると、喜助は身の上を語ります。

 

まだ小さいころに両親を亡くした喜助は、弟と助け合いながら、その日その日の暮らしを続けてきました。ところが、弟が病気にかかり、喜助だけの働きで食べてゆかなければならなくなったのです。弟はそれを苦にして、喜助が仕事に出ている間にのどを切って死のうとしますが、力が足らず、帰ってきた兄に手助けを頼みます。それが兄弟殺しと見なされ、遠島を申し渡されたのです。しかし喜助は、弟を失った悲しみは深くても、捕らわれの身になったことについては、嘆くどころか喜んでさえいるのです。

 

喜助の話を聞いて、役人は考えます。喜助は足ることを知っている。仕事が見つかれば、骨身を惜しまずに働き、一日一日食べることができるだけで満足してきた。牢に入ってからは、それまで苦労して得ていた糧が天の恵みのように与えられることに、生まれてから昧わったことのない幸せを感じている。

 

自分の場合はどうだろうか。決して余裕のある暮らしではないが、喜助に比べたら、はるかに豊かで安定していると言ってよい。しかし、その暮らしに満足や感謝を覚えるどころか、役を取り上げられたら、大病になったらどうしようかと、不安ばかりが頭をもたげてくる。

 

私たちは、その時その時の境遇を感謝して受け入れ、小さなことにも喜びを見いだしているでしょうか。自分の受けている恵みに目を向けることなく、他の人の境遇をうらやみ、さらに多くのものを望んで、絶えず不安や不満を感じ、心を騒がせているとしたら、私たちの持つものは多くても、むしろほとんど何も持たないのに満ち足りている喜助の方が豊かだと言えるのではないでしょうか。

 

確かに喜助は、それまで極めて貧しい暮らししか知りませんでした。しかし、前と比べて今の方がましだと自分を慰めたに過ぎないとしたら、その話を聞いた役人が、天を仰ぐ喜助の頭から光がさしているように感じたでしょうか。

 

私たちは、つらいけれども、あの時よりはましだ、あの人よりはまだ幸せだ、と自分を慰めることがあります。しかし、それまでの生涯で最も苦しい状態に置かれた時は、どのように自分を慰め耐えるのでしょうか。まわりの人たちと比べたら、かえってみじめに感じるような場合には、どのように生きる喜びや望みを見いだしたらよいのでしょうか。

 

喜助は、どん底の暮らしの中でも足ることを知っていたからこそ、島流しの境遇をも、絶望ではなく感謝をもって受け入れることができたのです。しかし、このような心の静けさや豊かさを得るのが決してやさしくはないことを、私たちは日々の生活の中で経験しています。

 

使徒パウロはこう言っています。「私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。……あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています」(ピリピ4章11〜12節)。

 

パウロはこの時、迫害を受けて牢獄につながれていました。ですから、順調な時の勢いに乗って、このように語ったのではありません。

 

パウロは、何かの身体的な障害、あるいは治癒困難な病気を負っていたと言われます。その苦痛を取り去ってくださるように祈り求めたところ、神様から返ってきた答えはこうでした。「わたしの恵みは、あなたに十分である」(IIコリント12章9節)。

 

主イエス・キリストの十字架に示された神様の愛は、永遠に変わることがない。形は時に応じて変わり、私たちの望みとは異なることがあっても、いつでも十分な恵みが私たちに注がれている。このことを知っているのが聖書の信仰で、パウロにとって「あらゆる境遇に対処する秘訣」だったのです。