行く先をしらずに

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平松良夫

 

アメリカの精神科医M・スコット・ペックが書いた『あまり人が通らない道』という本の中に、著者の少年時代の経験が描かれています。スコット・ペックが十三歳の時、フィリップス・エクセター・アカデミーという、中学と高校をあわせた全寮制の学校に入りました。この学校の卒業生は、ほとんど全員がアメリカの一流中の一流の大学へ入ります。ですから、この学校に入学できたら、アメリカ社会での成功が保証されたようなものです。当然、この学校の生徒であることを皆心から誇りに感じていましたし、スコットも自分が大変好運な者だと思っていました。

 

ところが学校の生活が始まると、スコットの心は沈みがちになりました。なぜか、その学校が自分には合わないと感じられてならなかったのです。しかし、そこは最も優秀と言われる学校の一つです。とにかくスコットは、自分をその学校に合わせようと精いっぱいの努力をしました。しかし、ますます自分の生活がむなしく惨めに思えるばかりでした。

 

二年半たって休暇で家に帰った時、スコットは両親に言いました。「もう学校には戻りません」。父親は驚いて言いました。「しかし、あそこはアメリカで最高の学校なんだよ。おまえは、自分が何を捨てようとしているのかわかっているのか」。「良い学校だということは知っています。でも、戻りたくないんです」。「なぜ学校の生活に自分を合わせることができないんだ。おまえの兄さんはうまくやれたじゃないか」。「なぜなのかわかりません。でも、どうしてもあそこが好きになれないんです」。「それでは、これからどうしようというんだ。それほどまで言うのなら、何かはっきりした計画があるのだろうな」。

 

スコットは、惨めな気持ちで答えました。「ありません。わかっているのは、もう二度とあの学校には戻りたくないということだけです」。

 

両親は、息子の気が変になったのかと思って精神科医のところに連れてゆき、「入院するか、それとも学校に戻るか、よく考えて選びなさい」と言って、一日待ってくれることになりました。

 

スコットは自分でも、入院するのがいいかもしれないと思いました。「お父さんやお母さんの言うように、兄さんには上手にやれたことが、どうしてぽくにはできないのだろう、あの学校と合わないのは、ぼくの方に問題があるからじゃないだろうか。ぼくは、ばかで、だめな人間なんだろうか。だれでもうらやましがるこんな良い学校をやめたいなんて、お父さんが言うように、心の病気にかかっているのかもしれない」。

 

その学校に戻れば、安全で成功が約束された将来が待っている。しかし、それは自分ではない、心の底から、それは自分の道ではない、とスコットは感じました。それでは、自分の道とは何なのか。その学校に戻らなければ、彼の前にあるのは、予測できない、不確実な、保証のない将来です。

 

スコットは、恐れ、疲れ果て、絶望的な気持ちになりました。しかしその時に、心の奥の方から聞こえてきたことばがあったというのです。「人生の真の確かさとは、その不確かさを喜んで受け入れることにある」。

 

イスラエルの民の始祖アブラハムは、メソポタミヤの豊かな町の一つハランに住んでいた時、未知の土地へ旅立つように命じる神様のみことばを聞きます。アブラハムは、すでに七十五歳になっていましたが、暮らしの立て方を知っている住み慣れた土地を離れ、危機に際して頼りとなる親族とも別れて、どこに落ち着くことになるのかわからない旅に出ます。

 

アブラハムも、スコットも、外面的に見れば申し分のない環境に置かれていました。それをあえて捨て、先行きのわからない一歩を、それも人生をかけた一歩を踏み出したのは、気まぐれでも、ことさらに冒険を好んだからでもありません。私たちにとって最も良いことは何かを知り、それを実現へと導いてくださる神様が、心の深いところに語りかけられる御声を聞いたからです。彼らにとってその御声に聞き従うことこそが、外面的な不確かさや成功不成功にかかわらず、神様からゆだねられたいのちを生き抜くための、最も確かな道だったのです。