日本に於ける基督教 

 

目 次

1.    現代語訳

2.    原文文字起し

3.    解説

 

 

1.  現代語訳

昔の時代の歴史が後の時代の事業にプラスになったりマイナスになったりする事は、何事にも全て当てはまります。日本では初代の基督教の歴史は不名誉と残酷さで終り、その後三世紀の間日本の社会組織は基督教が再興できない様に作られました。従って今時運が巡ってきたとは言いますが、基督教が世間で公然と語られる様になるまで多くの障害があった理由は実にここにあります。今では世間の人が何となく基督教を日本社会の天性の宗教のように思う様になった理由は隠すことができません。そうは言っても、過去40年間において基督教が再び日本の宗教となったことは驚くべき事です。

 

基督教が再び世の中に受け入れられた理由の一つは空虚を充たそうとしたものと、もう一つは在来思想に親和しようとしたものがあります。気圧の低い所には近くの空気が忽ち入り込むのは物理法則である様に、人の心にも空虚があれば相当の物がそこを占領しようとします。日本の一般人は思想浅薄で迷信が多いとはいっても、宗教性に対して何かしら憂慮する者がいます。なので、基督教はそういう人には容易には入りません。でも、ここに一種の階級があり、それを武士と云います。彼らは比較的教養があり、独立の気風があり、その上高い自負心があります。明治維新で古い秩序が破壊されるに及び、彼等は一身上でも社会的立場の上でも解決を要する問題がとても多いのを意識する様になりました。その為に彼等は何かしら物足らない気持ちになり、成功意欲の高い青年の中にもこの気持ちを懐く者が少なくありません。彼等は自負心が高いことは間違いないのですが、心の裏に空虚を感じています。この空虚は基督教が満たすべき所なのです。又この高い自尊心の思想の中では、素朴ではあっても天道、天命という(世間一般の様に余り具体的ではないのですが)崇敬すべき実在者を認めているのです。又広い俗世間では、人生の尺度は利害損得ばかりであるのに、此の階級の者には名誉や正義のためには我が身を殺して仁を成す、の気風もあるので、基督教の有神論並びに献身の教訓は浅くない親和力を有するのです。さらに彼等には俗世間に抵抗するだけの元気も有るので、困難な中でも何事かを創造し設立してきたのです。又彼等は新たに世界の形勢を知り、如何にして愛する国家を欧米列強と並び立たせ、国の命運を泰山に置きたいと思い、欧米文明のその生命は基督教にありと信じているので、迷うことなく基督教を選ぶことになるのです。

 

「迷信が甚だ少ない」、これは日本の基督教の特種な一現象でしょう。多教信徒には通俗神仏の迷信が多いのに飽きて、その反動により基督教に入信する者があります。ですが冷淡に流れやすく宗教らしくない行いに陥るのは日本の基督教の弱点でもありましょう。

 

「国教となる顧望なし」、政権と教権とが混同する多くの弊害を我々は既に日本の神仏の歴史から知っています。この問題を外国の歴史から学ぶ必要はありません。東洋の気風に、上に立つ者の風に靡きやすいというのがあって、或る少人数の者が誘惑され靡いてしまうかも知れませんが、多数の識者は決して国教にしたいとは思いません。

 

「小宗派別」、佛教の小派閥による区別を日本人は長い間厭ってきました。ですが基督教も又仏教に劣らず小派閥に別れています。これは大いに不幸なことです。各派の先逹者は小異を棄てて大同に付こうとする傾向がかなりあるので、将来各派は大いに接近する時があるでしょう。

 

「教会以外にある基督教思想」、日本における基督教は伝道の評利程には多数の信者はいません。それでもその文学に、その政治に、法律に、社会の制度(インステチューション)に、基督教の思想が広く普及しているのは驚くべきものがあります。文学上の用語の中には、千三百年の歴史を経た仏教の用語と伯仲しようとする程に基督教的用語が流行しつつあるのです。

 

「教会の制度」、教会の境域は必ずしも国家の境域と同一である必要がないことは日本人は知っています。にも拘わらず国家の主権と少しでも衝突するような教会があるでしょうか?あるとすればその教会は決して信徒を安心させることは出来ないのです。元来日本においては現世の生命財産自由の安全はその政体と法律に基いて、これを得られるようになっています。人々は教会に頼ってこれを得る必要はありません(東洋の諸国のようには)。なので、教会は真に精神道徳界の勢力であって、俗世間の勢力ではないのです。いや、その必要を余り感じないのです。

 

 

2 原文の文字起し

前代之歴史が後代の事業の便否をなすことは、何事も皆然りとす。日本に於ける基督教の初代史は不名誉と惨酷とを以って結ばれ、三世紀の間社會組織の大躰は斯教の再現を不可能ならしむる様に作成せられたり。故に時運の再會とは云いながら、斯教が公然として現出するまで幾多の障害ありしは固より其處なり。今日も猶人が基督教に対して、何となく日本社会の天性の如くなりし故なるは蔽ふべからざることなり。然るにも拘らず最近四拾年間に於て再び日本の宗教となりしは驚くべき事なり。

 

基督教の再現は一方空虚を充たさんとして来り、一方には在来思想に親和せんとして来れり。空所あれば氣忽ち之を填むるは物理上の大則なるが如く、人心にも空處あれば相当の物之を占領せんとす。日本の一般人民は思想浅薄迷信多しと雖も、何者か宗教性を憂慮する者あり。故に基督教は容易に彼等に入らず。然るに此に一種の階級あり、武士と云ふ。比較的教育あり、獨立の気象あり、稍高慢なる自負者なり。明治維新古き秩序破壊せらるるに及び、彼等は一身上にも社會上にも解(だく)を要する問題の甚だ多きを見出せり。而して是は彼等が何やら物足らぬ心地せる概念にして、功名心深き青年中にも此の感を懐ける者鮮からず。彼等は高慢には相違なけれ共、心裏に空乏を感じたり。此の空虚の成分は基督教の慎充すべき處となれり。又此の稍高慢なる思想中には、簡易ながら天道、天命杯と云ふ(俗間の如く甚しく具体的ならざる)崇敬すべき實在者を認め居れり。又蕩蕩たる俗間は、人生は唯損得利害の尺度のみなるに、此の階級には名誉節義の為めには殺身成仁の気象もありたれば、基督教の有神論(ならびに)献身の教訓は浅からざる親和力をも有したりしなり。而して彼等は俗に抗する丈けの元気も有したれば、困難中に創設を見るに至れり。又彼等は新に世界の形勢を知り、如何にして愛する國家を列強と並伍せしめ國命を泰山に置かんと欲し、欧米文明の其の生命は基督教にありと信じたるが故に猶予なく採用するに至れるなり。

 

「迷信甚少し」、是れ日本基督教特種なる一現象なるべし。多教信徒は通俗神佛の迷信多きに飽きて、其の反動より基督教に入れる者あり。然れども兎角冷淡に流れ易く宗教らしからざるに陥るは是れ亦弱点なり。

 

「国教たるの顧望なし」、政権と教権とが混同せる藷弊を日本人既に神彿の歴史に於て之を知れり。之を外國史に徽するの必要なし。東洋の気風の上の風に靡き易きが故に、或る少人數が誘惑せらるるやも(はかり)(がた)しとするも、多數の識者は決して国教を欲せず。

 

「小宗派別」、佛教の小派區別は久しく日本人の厭気を買へり。然るに基督教も亦佛に劣らざる小派別を有す。是一大不幸なりとす。各派の先逹者は可成小異を棄てて大同に歸せんとするの傾あれば、将来各派大いに接近するの峙あるべし。

 

「教會以外にある基督教思想」、日本に於ける基督教は傳道の評利程に多數の信者なし。然れども其の文學に其の政事に、法律に、社会の制度(インステチューション)に、基督教の思想の(ほう)(はく)せるは驚くべきものあるなり。文學上の用語中には、千三百年の年處を経たる佛教の用話と伯仲せんとする程基督教的用語が流行しつつあるなり。

 

「教會の制度」、教會の境域は必ずしも國家の境域と同一なるを要せざるは日本人も知れり。然れ共教會の主権が国家の主権と幾分にても衝突せるが如きの處あらん歟。決して其の信徒を安んぜしむる事能はざるなり。元来日本に於ては現世の生命財産自由の安全は其の政體と法律に依頼して、之を得らるべく成り居れり。人民は教会に頼りて之を得るの必要なし(或東洋の諸国の如く)。故に教會は眞に精神道徳界の勢力にして、娑婆の勢力にはあらざるなり。否、其の必要を多く感ぜざるなり。

 

 

3 解説

この小文は「本多庸一先生遺稿」の「第三編 基督教と日本」の「日本に於ける宗教の現状」の次に、115頁から118頁に掲載されています。文末に発表日付が無いのですが、「日本に於ける・・」の発表が明治31年7月16日とありますから、その50歳代、青山学院時代に書かれたのでしょう。(庸一は1949年1月生) 

 

この小文は前半が論文的、後半が要点纏め書きの構成になっているので、何かの会合の卓話の手稿のつもりで書き始め、時間が無くなって後半が箇条書きのようになったのかも知れません。公開日付が無いのもそのせいだろうことが窺えます。

 

内容は現代のキリスト教会にも共通する問題を含んでいるので、明治期も今も抱えている問題は似ていることが判ります。ただ、この小文では庸一は布教の対象として武士階級に焦点を当てています。これは現代のマーケティング理論の市場開拓戦略にも合います。それは「而して彼等は俗に抗する丈けの元気も有したれば、困難中に創設を見るに至れり。又彼等は新に世界の形勢を知り、如何にして愛する國家を列強と並伍せしめ國命を泰山に置かんと欲し、欧米文明の其の生命は基督教にありと信じたるが故に猶予なく採用するに至れるなり。」から判ります。戦後社会主義、共産主義、米国資本主義の影響を受ける前の、欧米列強の圧力に張り合って日本国を存続させようとした明治期の息吹が伝わってきます。