伊藤大輔牧師

伊藤牧師のプロフィール

1963年東京生まれ

1987年東京神学大学修士課程修了

南国教会、武蔵野横須賀伝道所、八王子めじろ台伝道所、

北千住教会、銀座教会、青山学院高等部、横須賀学院等を

経て20154月より本多記念教会8代目牧師として着任。

 

説教とお祈り

(おことわり;以下の録音は本多記念教会の聖日礼拝での伊藤牧師の説教を教会員が録音したものです。録音状態が悪いところがあってもお見逃しください。なお、ここへの公開は牧師の了解を得てあります。)

 

 

2016年12月25日説教 

説教題;世界に必要なもの

聖書;ルカによる福音書第2章1〜7節

「身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録をするために」と聖書は記す。不思議なことだ。結婚前の女性の妊娠。しかも父親が分からない。

 

 

2016年12月18日説教 

説教題;終わらない約束

聖書;ルカによる福音書第1章57〜80節

洗礼者ヨハネ。その両親、ザカリアとエリザベトに起こったこと。人が背負っている「過去」を取り扱っている出来事。

 

 

2016年12月11日説教 

説教題;喜びのおとずれ

聖書;ルカによる福音書第1章39〜56節

メシア・イエス。最後の時、いつか来てくれると思っていた未来の者。その者が宿っていると告げられたマリア。マリアとエリザベトが対面する。喜びを交わす。「過去」と「未来」が出会っている。

 

 

2016年12月4日説教 

説教題;神の子が生まれるために

聖書;ルカによる福音書第1章26〜38節

ゼカリア、エリザベト夫妻は歳をとっていたにもかかわらず子どもが生まれると天使ガブリエルから伝えられる。おとめマリアはまだ結婚をしていないにもかかわらず子どもが生まれると告げられる。彼らに共通している思いは「今なのですか」。

 

 

2016年11月27日説教 

説教題;神と出会うために

聖書;ルカによる福音書第1章5〜25節

祭司ザカリアとエリザベト夫妻。歳を重ねたが彼らには子どもが与えられなかった。ザカリアが祭司の務めをしているときガブリエルが現れ、子どもが生まれることを告げる。しかしザカリアはその言葉が信じられない。ガブリエルがザカリアの口がきけないようにしてしまう。

言葉は何のためにあるのか。

 

 

2016年11月20日説教 (幼児祝福記念礼拝)

説教題;成し遂げる神

聖書;マルコによる福音書第14章43〜52節

主イエスを捕らえるために群衆は棒と剣を持ってやって来た。弟子のひとりは戦おうとする。勝てるとおもったからなのだろう。ところが主イエスはむざむざと捕らえられる。ペテロもユダも、主イエスが何もしないことに驚いたのではないか。何もしないイエス。彼らはそんなイエスに付いていくことができなくなり、逃げ出してしまう。

 棒、剣。主イエスは「棒や剣がどうして必要なのか」と問いかける。

 

 

2016年11月13日説教 (幼児祝福記念礼拝)

説教題;本当の意志

聖書;マルコによる福音書第14章32〜42節

大事なものって何でしょうか?ごはん、家族、お友だち、大事です。その大事なものを守るために、わたしたちがしなければならない大事なことってなんでしょうか。

今日の聖書はイエス様が明日には十字架にかかって死んじゃうことが分かっていた夜の話です。 

 

 

2016年11月6日説教 (召天者記念礼拝)

説教題;最後の先へ

聖書;マルコによる福音書第14章27〜31節

主イエスはこれから起こることを弟子たちに告げる。「皆、私につまずく」と。しかし、弟子たちは主の言葉を引き受けようとはしない。特にペテロは激しく主への追従を誓う。そのペテロに対して「今晩、お前は鳥が鳴く前に『私のことを知らない』と言う」と告げられる。はたして、この後、主の告げたことは全て実現する。この出来事は何を語っているのだろうか。

 

2016年10月30日説教

説教題;変わらぬ祝福

聖書;創世記16章1〜16節

自分では夫アブラハムの子を産めないと悟った妻サライは従順な女奴隷ハガルを夫の側女として差し出す。アブラハムの子を宿すとハガルはサライを見下し始める。それに苛立ったサライはアブラハムに怒りをぶつけ、辟易したアブラハムはサライにすべてを任せると放棄する。サライに辛く当たられたハガルは耐えられずついに逃げ出す。主の使いはハガルに女主人のもとに帰りサライに仕えるよう言い渡す。アブラハムもサライもハガルも最初の願いが叶った。なのに問題が起こる。祝福はどこにあるのか?

 

2016年10月23日説教

説教題;先を見る

聖書;マルコによる福音書14章12〜26節

いつもの十二人。いつも行ってきた過越しの食事。普通のこと、日常のことだった。ところが、十二人の中の一人は裏切り者。過越しの食事は、最後の会食だった。当たり前、普通と思っているところに、まったく異なるものが隠されている。

 

2016年10月16日説教

説教題;持っていなければならないもの

聖書;マルコによる福音書14章1〜11節

「まだ先でしょう」。夏休みの宿題。会議の準備、今でなくてもよい。些細な甘え。それが「主の十字架」「罪」と結びついている、と語るのが今日の聖書。

 

2016年10月9日説教

説教題;滅びないもの

聖書;マルコによる福音書13章28〜37節

主イエスの告別説教。ここにはキリスト教の神髄がある。人は苦難を受ける。それは避けられない。キリスト教は危険回避のお守りではない。苦難に遭う。しかしその先に行ける。それが主イエスの言葉。

 

2016年9月25日説教

説教題;貫く神

聖書;創世記15章1〜21節

わたしたちは信仰を持っている。信仰を持って現実の世界のなかで生きてゆく。生きていく中でいつしか弁えてきている。信じて、希望を持っていた時期もあるが、現実の中で希望も修正しなければいけない。信仰も妥協点にあった所を見出さなければならないと。割引された願い。平均値を探る信仰。それが実際なのだと。

 

2016年9月18日説教

説教題;向き合うもの

聖書;マルコによる福音書13章1〜13節

エルサレムに到着したイエス様たちです。弟子たちは神殿の立派さに感動します。しかし、主は、この神殿がやがて崩れ落ちることを告げます。ここに至るまで人々の閉じこもった心を見てきたからでしょうか、神を自分の都合よく利用しようとする心根を見てきたからでしょうか、この国の崩壊を主は弟子たちに告げます。

 

2016年9月11日説教

説教題;なにも持たない

聖書;マルコによる福音書12章35〜44節

聖書に登場する律法学者。聖書読者は彼らに悪いイメージを持つことがあるが、実はきわめて良識的な人々。「メシアはダビデの子だ」。彼らはそう語る。ところが主イエスはそういう彼らを見て、人のことしか見ていないという。

 

2016年9月4日説教

説教題;神を愛する 人を愛する

聖書;マルコによる福音書12章28〜34節

エルサレムでの論争の最後に登場した律法学者。「一番大切なものは何ですか」主イエスに問いかける。「神を愛すること」「隣人を自分のように愛すること」。問はひとつを求めていた。主の答えは二つ。このやり取りは何を告げているのか・

 

2016年8月28日説教

説教題;元の形へ

聖書;創世記14章13〜24節

大昔に起こった戦争の話。私たちには関係のない話とも読める。果たしてそうなのか?邪悪で神に対して罪を重ねている町ソドムを支配している王様が敵対している王様達に謀反を起こす。しかし結果は返り討ちに会い散々な目に合う。ソドムに住んでいた甥のロトとその家族は捕虜として連行される。その出来事を逃げ延びたものがアブラムに伝える。

 

2016年8月21日説教

説教題;今にいます神

聖書;マルコによる福音書12章18〜27節

主イエスに論争を仕掛ける者。彼らの狙いはいかにして民衆を味方につけるか。主を殺したい。しかし民衆が主を支持している。彼らの思いを自分たちに向けるため、主の失敗を狙っている。

 

2016年8月14日説教

説教題;自分で決める

聖書;マルコによる福音書12章13〜17節

信仰者として歩むべきことは分かっている。しかし、現実を生きる中で神様を裏切るようなことをしなければならない。信仰と現実が結びつかない。

「皇帝のものは皇帝に返せ」。この世の事柄を主は否定しない。この世のことはこの世のこととして行え。そして「神のものは、神に返せ」と語る。「神のもの」とは何か。

 

2016年8月7日説教

説教題;ここは誰のものか

聖書;マルコによる福音書12章1〜12節

主イエスのたとえ話。ぶどう園の主人が納付たちに自ら作ったブドウ園を貸し与える。ところが農夫たちはそのぶどう園を自分たちのもnにしようと主人の一人息子までも殺してしまう。

神はご自分の造った世界を人にお任せになった。ところが人はいつの間にかそれば自分のものだと思い始めている。

 

2016年7月31日説教

説教題;失って得るもの

聖書;創世記13章1〜18節

アブラハムとロトは再び神の祭壇の前に来ました。神様と出会う。それは本当のことを知らされる時となります。本当の世界を知らされます。

 

2016年7月24日説教

説教題;神を知らないのか

聖書;マルコによる福音書11章27〜33節

マルコ福音書は「物語」を重ねながら話を進めていきます。ここで登場する祭司長、律法学者、長老たち、彼らは主イエスの宮清めを目撃していた人々です。そして、イエスを殺そうと決意している人々です。その彼らがイエスに問います。「あなたはなんの権威でこんなことをするのか。」おかしな質問です。

 

2016年7月3日説教

説教題;何が正しいのか

聖書;マルコによる福音書11章12〜14節

主イエスがエルサレムに入場する、子ロバに乗って。何も積んだことのない子ロバ。誰のものでもない子ロバ。自由の象徴。その自由の子ロバは主イエスを待っていた。自由は主のために。そしてその主人は人々のためにエルサレムは、十字架へと進む。

 

2016年6月19日説教

説教題;終わりの先へ

聖書;マルコによる福音書11章1〜11節

富に執着する止める青年。権力に執着するヤコブとヨハネ。この両者は主イエスから批判される。何を願っているのか分っていないと。彼らの何が問題なのか。

 

2016年6月5日説教

説教題;思いの実現

聖書;マルコによる福音書10章46節〜52節

テイマイの子、バルティマイ。目が見えず物乞いをしている者。この者が主にお願いをする。「見えるようになりたい」と。主は語りかる。「あなたの振興があなたを救った」。バルテイマイの何が進行なのか。

 

2016年5月22日説教

説教題;なにも決めない

聖書;マルコによる福音書10章32節〜45節

三度目の主の受難予告。弟子たちは最後があることを分かってきた。自分の最後の、一番の願いが顔を出す。イエス様の一番近くに置いてください。世界で神様の次に偉い所に置いてください。弟子たちだけではない、人の願い、私の願い。

 

2016年5月15日ペンテコステ説教

説教題;どこへ行くのか

聖書;使徒言行録2章1節〜13節

過ぎ越しの祭りから50日目ペンテコステの日のことです。主の弟子たちが集まっていると聖霊が与えられました。すると弟子たちは他の国の言葉で語りだします。

 

2016年5月8日説教

説教題;頼っていいのか

聖書;マルコによる福音書10章13節〜31節

子どものようでなければ神の国に入ることはできない。子どもとは何を指しているのか。

 

2016年4月17日説教

説教題;小さくていい

聖書;マルコによる福音書9章38節〜50節

弟子たちは「主イエスの名によって軌跡を起している者たちがついてこないので止めさせた」と主に報告する。「止めるな」と主は答える。弟子達には「弟子論」があった。「しきたり」があった。主はそれはいらないと言う。

 

2016年4月10日説教

説教題;後先なし

聖書;マルコによる福音書9章30節〜37節

主イエスから十字架にかかることを告げられる弟子たち。悲しく、不安になる。これからどうすればいいのか。誰が次のリーダーか。不安な弟子たちは議論を始める。それを知った主イエスは「先になりたいと思うものは、後になれ」と勧める。また、「わたしの名の故に子どもを受け入れるものはわたしを、神を受入れる」と語る。

 

2016年3月27日 復活祭礼拝説教

説教題;喜びの復活祭

聖書;マルコによる福音書15章42節〜16章8節

希望は大切。希望を持ちたい。しかし希望が失われていくのが私たちの現実。そもそも規模とは何なのか。

 

2016年3月24日 洗足木曜日礼拝説教

聖書;ヨハネによる福音書13章3〜17節

 

2016年3月20日

説教題;貫かれている愛

聖書;マルコによる福音書9章2〜13節

「目の前にあるのに分からない。求めていたもの。大切なもの。なくてはならぬものでありながらそれを見逃してします。」

 

2016年3月6日

説教題;次のところへ

聖書;マルコによる福音書8章22〜26節

「神は世界にどう関わるのか。

神が世界に関わったらどうなるのか。」

 

2016年2月28日

説教題;くり返しの先に

聖書;創世記9章18〜29節

「世界には何が足りないのか。

どうしたら世界は次の一歩を刻むことができるのか」

 

2016年2月21日

説教題;朽ちない糧

聖書;マルコによる福音書8章11〜21節

「人はしるしを欲しがる。

『しるし』。自体にたどり着くための道案内。

幸福、平安、安定、その実態にたどり着く道案内は何か?」

 

2016年2月14日

説教題;なくならないもの

聖書;マルコによる福音書8章1〜10節

「食べて満腹をする。4000人の人々を主イエスは前にします。彼らは空腹。生きることが閉ざされようとしています。主はかわいそうに思われた。何とかしなくちゃ。」

 

2016年1月31日

説教題;崩された予定調和

聖書;創世記8章13〜22節

「世界はどうしてこうも静かなのか。暗い未来、悪意、利己心。悪い言葉は蔓延している。しかし、正しい言葉、希望の言葉は生れない。神も何も語らないのか。世界はどうして静かなのか。」

 

2016年1月10日

説教題;恐れない

聖書;マルコによる福音書6章45〜56節

「遠い。理想と現実。自らの実力と直面する現実。争いの絶えない世界での平和の実現。」