中川中隊長からの手紙

 

以下は宮之原右近さんが弟の弟の和人さんの消息を中川中隊長に問い合わせ、その返信の手紙です。

 

 

拝復。御丁重な書状痛み入ります。

 

 宮之原君本当にかけ値なしの惜しい人物でした。中隊を編成した時、気象が解るのは気象部を卒業したばかりの宮之原君と松本中尉(後ダバオの第二中隊長)だけで貴重品でした。

 

 比島上陸時三カ所に分かれ我々は北島北部、宮之原君の第二高層班はラモン湾に上陸し、ルセナに展開しました。

 

 コレヒドールを陥してから配置変更を行い、二高はダバオに転進しました。その直後(十七年八月)陸軍気象に転進となりました。この頃の写真に宮之原君がうつっていますので、ダバオ転進後、業務連絡のためマニラに来ていたのではないかと考えます。

 二高の者で現在文通のあるのは次の西村君だけです。ご連絡されてみてはいかがでしょう。

 

 また中隊長となった松本君は早く復員したはず。ダバオは知っていないかも。

―松本正弘氏住所―

 

 比島より帰還後、十八年三月頃演習の途次御母堂(編者注;宮之原まり)及び妹の方(編者注;宮之原元子)二人を小田原に訪れましたのは写真にある通りです。

 

 私の書いています「陸軍気象史」にも宮之原君のお名前は何箇所が出て参ります。出版できるようでしたら、ご一読ください。

 

 ご連絡の折にはご母堂様によろしくご鶴声ください。お元気ナニよりです。

 

 皆様のご健勝祈上げております。  頓首

 

昭和六十年十二月二日

中川 勇

宮之原和人様

 

 

注;上記は手書きの文面を文字入力したものです。文体、送り仮名等は出来るだけ原文のままに留めましたが、句読点を適宜加えてあります。難読文字にはその文字の複写を挿入しました。私の誤読が無いとは言えませんので、以下の複写を参考にご覧ください。