西村氏の手紙

 

宮之原和人叔父は兄の宮之原右近さんの消息を方々尋ねて回り、数名から返信を頂きました。以下はそうした返信の一つで、西村氏からのものです。西村氏は右近さんが所属していた第二十二野戦気象隊の第二高層班に同じく所属していました。

 

 

先日はご丁重なるお便り有難く拝見致しました。中川隊長より連絡があっていましたのでつい先日ご返事申し上げた所でした。 御承知の事と思いますが、小生16年7月中川隊(通信班)に所属しましたが比島上陸時は本隊とはなれ、マニラに於て勤務し19年の夏頃よりクラーク飛行場周辺にて勤務し20年早々山に入りました。  9月中旬?下山収容所に入り転々として21年12月末名古屋に復員しました。以上の様な事で宮之原少尉と顔を合?はしたのは召集後半年足らずで誰が何処の島に勤務されているのか帰ってくるまで全然不明でした。  四、五年前になりまさうか靖国神社に於て第22〇〇の慰霊祭が催され出席させて頂きましたが、戦死された方も帰られた人もはっきりしない様でした。 出先の隊が相当な数で終戦時があんな模様でしたので致方もない事とは思います。

 

でも連絡のついた人(帰還者)の名簿が出来ていましたので問合わせてみられたら如何でせうか。(第二十二野戦気象隊元隊長)

              ―佐野年久氏の住所、電話番号―

 

 小生も一部持っていましたが、やはり比島でなくなられた人の子供さんがNHKの方と同道取材に見えた折湯池での手帳やら名簿其の外借して呉れとの事で差上げましたが、其の後連絡がつかず其のままになっています。

 

以上の様なわけで、何の御やくにもたてず申訳有ません。

 

 とりとめもない事を書きましたが セブ島の帰還者もおられるかも知れません。 連絡のつく日の早からん事を祈っています。     失礼します。

 

 

注;上記は手書きの文面を文字入力したものです。文体、送り仮名等は出来るだけ原文のままに留めましたが、句読点を適宜加えてあります。難読文字にはその文字の複写を挿入しました。私の誤読が無いとは言えませんので、以下の複写を参考にご覧ください。