26 第3層「技術(technology)」について

本多 謙(2020/4/29

 

 技術は日常“科学技術”という言葉で“科学”と一体で語られることが多い。例えば、“梃(テコ)の原理”は科学に属し、その詳細を明らかにすることは科学的探究だ。斯かる科学に属する物は人間が発見する以前に既に存在し、人間はそれを発見し、その詳細を明らかにすることしかできない。科学は本多の7層モデルの第1層に属する。

 

この原理は子供の遊具であるシーソーの設計や、建築に使うクレーンに設計に使われる。原理をどのように応用するかは“技術”だ。水の温度は100度を超えると気化して蒸気になるという原理は、沸騰したことを知らせる薬缶に付いている笛や蒸気機関車に応用されている。科学の原理をどの様に応用するか、という方法論がある。これを“技術”と呼ぶ。即ち、我々は技術を使って科学の体系の中の要素を取り出し、我々の生活やビジネスに利用している。

 

薬缶に付いた笛によって我々は水の沸騰を早く感知でき、熱エネルギーや水を無駄にしないで済むし、蒸気圧を利用した発電機により我々は電気を利用した家電製品を使って便利で快適な生活をおくることができる。つまり、技術により、我々は従来出来なかったことが出来るようになった、と言える。従って、“技術はenablerだ”ということが言える。“enabler”は日本語で言うと“能力を拡大する要素”と言える。つまり、技術は科学の要素を使用可能なものに変換し、それによって出来なかったことが出来るようになる、と言える。

 

では“技能”は“技術”とどう関係するのか?弓矢や槍で狩りをする場合、“力の1点集中による破壊力の拡大”という科学の原理を効果的に使うために弓矢や槍を作るが、弓矢や槍を作るのは技術だ。だが、狩りをもっと効果的にする為に矢尻の先端を鋭くしたり、矢を獲物に正確に当てるのは技能だ。技能は科学研究の場でも標本の作り方とか実験器具の使い方とか、必須の能力だ。技能は個人の能力に属するが、集団で共有することもできる。野球やサッカーのチームは技能を共有している。

 

“体でおぼえる”ことは繰り返しの訓練により脳に特徴的な神経網を形成しそれに対応する筋肉や神経系などを作る過程を意味する。これは技能を獲得する過程であり、技術そのものではないが、第3層に属する。例えば自転車や自動車の運転がそうだ。これらの技能に習熟すればレースに参加してより多くの賞金を稼げたりする。より多くの賞金を稼ぎたいというニーズがあり、人はその技能のレベルを上げようと努力する。

 

技能は伝承可能だ。だが、全く同じ技能を伝承できる訳ではない。それは或る料理人が同じレシピを使ってその料理を同じように作れる様に他の料理人を教えるのに似ている。食材や調味料は料理の度に異なる。たとえ同じ料理人が同じレシピで料理を作ってもその味は作り手ごとに、材料が変わる度に微妙に異なる。此の誤差を縮める方法は(1)師匠に直接教わる、(2)レシピの記述をより客観的、詳細にする、という方法がある。(1)は東洋的方法論で、技能の伝搬の範囲に空間的、時間的、積み上げに限界がある。(2)はその様な限界が無い。西洋文明が世界を席巻したのはこの様な方法論が主流だったからではないか?

 

21世紀の現在、世界経済のほとんどの覇権は西欧諸国の手にあり、世界中の文明国ではほとんどの人が西欧型の様式で生活している。世界史を顧みると、ユーラシア大陸の西端の半島地域に小さく展開していた極西の地域(別名欧州大陸)の文明がアフリカ大陸、アメリカ大陸、豪州、ユーラシア大陸の東と南に勢力を拡大し、現在の世界の状態を形成し始めたのは17世紀の大航海時代からだ。彼らはなぜそれが可能だったのか?

 

雄の論理を発展させるのに有利だったのはユーラシア大陸だ。西欧はローマ帝国が滅亡した後キリスト教により文明が退化したがルネサンスを通して人間の(なま)の欲望を表現できる様になり、自らの欲望を正当化できる論理を持つに至り、更に異民族を奴隷として使うギリシャ時代以来の方法論も持っていた。且つ中国との貿易やアラブ世界との戦争を通じて三角帆、羅針盤、火薬、印刷術という4つの技術を自らのものとした。これら4つの技術は皆西欧以外で発明されたが、これらを統合して他民族征服の為に有効活用したのは西欧世界だった。三角帆により逆風でも走行が可能になり、小人数でより遠くまで行けるようになった。羅針盤によって、陸地を遠く離れて航海できる様になった。それ以前は、陸地が見える距離までしか船は遠くへ行けず、夜は近くの陸地まで戻って投錨する、という航海で、当然遠くまでは行けなかった。火薬を使った銃や大砲を使って原住民を強制的に従わせることができた。印刷術は同じ情報(思想)を言語で共有でき、支配者集団としての意思とそれによる行動を統一できたうえに被支配者集団に被支配の論理を植え込むことができた。彼らは異民族を奴隷として使う方法論を持っていた為収奪の仕組みを作って植民地からの富を収奪した。この様にして彼らは自らの雄の遺伝子によるニーズを満たした。

 

中国人は火薬や印刷術を発明したと言われるが、これらは西方から来た景教徒(原始ユダヤ教徒)由来のものであり、その科学技術は後代の国家による弾圧や異民族の征服で失われた。羅針盤を発明したアラビア文明の科学技術も十字軍遠征や内紛などで失われた。西欧はアラビア文明と中国文明の科学技術を受け継ぎ、キリスト教の世界観を基礎に科学技術の方法論を樹立した。日本は景教の影響を受けたが中国から独立を保ったので16世紀以来の西欧の科学技術を容易に消化し我が物とすることができた。ニーズ(欲求)があってもそれを実現する技術が無ければニーズは満たせない。あるいは、ニーズ(欲求)を発現させない宗教などの思想体系やそれによって生成される社会があればニーズ(欲求)そのものが発生しない。

 

科学は(1)モデル化、(2)反復実証可能、(3)論証可能、(4)積み上げ可能、という特徴を持つことを述べた。これら5つの技術の特徴(1)モデル化、(2)反復実証、(3)論証、(4)積み上げ、により科学技術は益々複雑化し、洗練され、効果的になって行った。例えば城塞都市の攻防という武器と戦略戦術が複雑に組み合わされた技術分野でレオナルド・ダ・ビンチがどの様な役割を果たしたかを見ればよい。これらは敵に勝つというニーズを満たす為に合理的な思考を発展させた結果だ。

 

上記の4条件を満たさないものに、例えば、人々の間で共有する美意識や倫理などの価値体系がある。これらは教育によってある程度は共有できるが限度がある。なぜなら子供たちは集団で教育される前に両親から、主に母親からこれらを既に教育されているからだ。この様な“価値体系の共有”は技術の共有とは異なる。技術の共有は主に教育組織や教育媒体を通じて形成される。