27 第4層「パラダイム(Paradigm)」について

 

本多 謙 (2020/5/6

 

“パラダイム(paradigm)”は“理論的枠組み”、“模範”、“実例”、“変化系列”などと訳される。ここでは“人間の行為の前提条件”程度の意味とする。

 

例えば、スマートフォンはカメラを搭載している。このカメラは当初性能が良くなかったが次第に高性能になって来た。更にスマートフォンの通信機能を使って撮影した映像を手軽に他者と共有できる。この為、普及型デジタルカメラの商品戦略のパラダイムが変わってしまった。スマートフォンの躯体の中の小さい空間にデジタルカメラ機能を搭載できる様になったという技術の変化がデジタルカメラ・ビジネスのパラダイムを変えてしまった。このため既存のデジタルカメラメーカは普及型デジタルカメラではビジネスを存続させるという“人間の行為”を続けることが難しくなり、レンズ機能を強化した高級デジタルカメラに注力せざるを得なくなった。同様のことは映画に対するテレビの出現にも、機械式腕時計に対するクウォーツ腕時計にも言える。

 

新技術の出現がパラダイムを変える例は戦争の歴史で顕著だ。何故なら、戦争の勝敗は個々の戦闘行為の積み重ねで決まり、戦闘行為の勝敗は正義や美意識で決まるわけではなく、具体的な破壊技術の優劣によって決まるからだ。

 

例えば、織田信長対武田勝頼の長篠の戦い(1575年)では、織田軍は戦場に柵をめぐらし、縦断構えの鉄砲隊を編成して間断なく発砲できる戦術を採ったが、武田軍は個々の騎馬戦闘員の勇猛さに依存するという旧来の戦術を採用し、武田軍は壊滅した。戊辰戦争では薩長軍は後込め銃を使い、幕府軍の銃は先込め銃と火縄銃を使った。先込め銃は1発発射した後に掃除棒で銃身の中を掃除してその後火薬を詰め、弾丸を詰めて発射するもので、発射効率は後込め銃の10分の1だった。即ち1台の後込め銃は10台の先込め銃に相当した。為に薩長軍が勝利した。戦艦大和は大艦巨砲から航空機というパラダイムの転換に追随できなかった例だ。

 

新技術がパラダイムを変えれば、それは人類の、そして個々の人間の人生を変える。農業という新技術によりパラダイムが変化した。即ち、狩猟採集民の小集団で構成する平等な社会が排除され、大集団で構成する、権力と財が偏在する組織化された階層社会が発生した。組織化の効果を覚えた人類はあらゆる分野に組織を持ち込んだ。それは宗教という心の在り様も変えた。オーストラリアのアボリジニの呪術者と、古代エジプトのファラオや現代のカソリックのローマ法王の役割とを比べれば良く分かる。

 

テレビが家庭に出現した時、家庭の食事の風景が変わった。父親を中心に子供たちが母親の作った料理を食べる姿が、各自が1つのテレビの画面を見ながら食べる姿に変わった。それは家族内の構成員の力関係が変わったことを意味し、家庭内の父親の在り様を変えた。洗濯機や様々な調理器具の発達は主婦の労働を軽減したが、反面、家庭内の主婦(母親)の価値を軽減せしめ、主婦が社会に出て働くことが普通になり、社会で活躍する婦人が家庭の管理者としての専業主婦より優れているという価値観の転換が発生した。逆説的に言えば、主婦は機械化により家庭から追い出された。これらは全てパラダイムの変換による変化だ。

 

“結婚”もパラダイムの一つだ。ここでは“結婚”を“一組の男女の関係が社会で公認される行為”と考える。一組の男女が結婚すればその夫婦の周囲の男女はその夫婦と雄雌の関係を控え、夫婦が家庭を築き子供を産み育てる行為を支援する。それはその夫婦の縁戚者やその夫婦のコミュニティー(職場など)も同様だし、政府の社会システムはその夫婦の行為を支援するシステムを提供する。先ず男女が自分の子孫を残したいというニーズがあり、男女は恋愛やお見合いなどの男女の駆引きの技術を使って両者の関係を深め、次に結婚という行為でその関係のパラダイムを変換し、その後結婚は社会の結婚制度という規則(ルール)に従って運営される。

 

世界には一夫一婦制度以外に一夫多妻がある。一妻多夫制度も稀にではあるが存在する。(因みに動物の世界ではライオンやオットセイの様に一夫多妻が多いが、鴛鴦(おしどり)やペンギンのように一夫一婦を貫く動物もある。)一夫多妻であっても基本は一組の男女の関係で、これが社会で認知される制度を一夫多妻制という。一夫多妻は雄が権力者の場合が多い。金力も権力の一形態だ。雌は自身の生活と自分が生んだ子供の成長の安定を求めて有力な雄の庇護を求める。一夫一婦制下の雄にその様な庇護を求める若い雌は雄と結婚している老いた雌を雄から引き離し(つまり離婚させ)、その雄と結婚しようとする。この動きは一夫一婦制下の日本の結婚に関する統計に有意に表れている。雄は多くの雌に自分の子供を産ませて自分の遺伝子を残そうとし、雌は優れた雄の遺伝子を受け継いだ子供を産んで育てようとする。夫が失業して働きに出た女性が職場の上司と不倫するのはこうした動物的本能があるからだ。一夫多妻という制度はこうした老いた雌の悲劇を減じせしめる。これに近いのが回教徒の一夫多妻制だ。これは夫が戦死した寡婦を救済する為だった。