33 他者との通信路

本多 謙 (2020/7/4

 

人間は群を構成する動物だ。雌は子供を産み育てる間雄に保護される関係を求め、雄はその様な雌を自分の庇護下に置こうとする。雄は餌を獲る為集団で狩りをする。こうして一組の男女を最小単位とする家族という群が成立し、複数の家族で構成する群が成立する。赤子や幼児は自分の生存の為に生れ落ちた時から自分を保護し養い育ててくれる個体(母親)との関係が始まる、母親の背後には父親がおり、母親と父親の背後には両親が属する群がある。母親や群の誰かからの愛が無ければ赤子は育たない。赤子に餌だけを与え大人との一切のコミュニケーションを絶って育てた結果赤子は皆死んだという実験結果がある。虐待されて育った幼児は成長を止めるという例もある。赤子や幼児は自分のDNAの指示に従い全身の感覚器官を使って外界から情報を採り入れ、それを理解し、記憶し、自分が生存する為にどうすれば良いかを学習し、それに従って動作する。赤子と周囲の者(主に母親)の間には乳の提供や皮膚接触を含む濃い通信路(communication route)が成立しその存在を通じて成長する。これが無ければ彼らは成長しない。

 

この通信路は赤子が幼児、児童と成長するに連れ多様化し複雑化する。幼児が親に抱かれて初めて公園やショッピングセンターに出かけた時の表情から、幼児が大量の情報を処理している(驚いている)ことが分かる。また、幼児は性別に従い特定の者や物に強い興味を持続することがある。女子は縫いぐるみの人形に、男子は自動車の模型に興味を示す。幼児とこれらの事物の間には濃い通信路が成立する。

 

我々は幼児から児童、青少年、成年と成長する。その各々の過程で我々は自分の周囲の人間の間(群の中)で自分の占めるべき位置を確保しようとする。その各々の様々な過程や場で、我々は自分と周囲の者や事物との関係を調整し自分の立場を成立させようとする。ここにおいて、自分とこれらの者や物との間には通信路が成立する。これを以下に図示する。

自分と他者との通信路は第1層に成立する。この媒体は言語だけではない。第1層は第6感を含む全ての感覚による通信媒体(communication media)を含む。複数の奏者が演奏する時、奏者達が共有するのは同じ楽譜だけではない。体温や体臭や身振りが動かす空気の動きなど全ての媒体を使って交響曲や合唱が成立する。政治家の選挙の為の討論会でも同様であり、家庭での家族の間においても同様だ。一人が第1層の媒体を通じて得た情報は第1層から第7層に向けて順に送られ、第7層で処理されてその出力は第7層から第1層に向けて順に送られ、第1層の媒体を通じて他者に送られる。

 

以前情報に対する受容体の話しをした。受取った情報に対する受容体が無ければその情報は消えてしまう。例えば感覚器官の能力は男女で異なる。女性の方が色彩感覚が優れている。男性にとって同じ色に見える口紅の色が女性にとって微妙に異なる色だったりする。同じ男性でも色彩を見分ける訓練を積んだ者は女性の様にこの微妙な差を識別できる。同様のことは香水についても言えるし、味覚や皮膚感覚についても言える。男女のすれ違いや誤解はこういうところから生ずる。同じ色の口紅を(第1層で)見ても雄と雌では第2層に上げる情報が異なる。雄は同じ色として、雌は同じ赤でも違う色として第2層に情報を上げる。何故ならニーズ(欲求)やパラダイムが異なるからだ。この相違は第1層と第2層の間の受容体の性質によって発生する。雄と雌では受容体の機能が異なるのだ。この相違は男女の間だけではない。大人、子供、老人の間でも異なるし、人種、民族、共有する文化によっても異なる。これらの相違があるにも関わらず受容体の機能に共通項が多ければ人は互いに良い関係を維持できる。

 

この自分と他者との“関係”即ち“通信路”は網を構成し、網の種類(状態)は状況に応じて刻々と変化する。戦いに負けた雄ライオンが自分の群から追い出されて単独で生きなければならなくなるように、人は孤独に生きなければならなくなることがある。しかし、例えば職場で孤独でも家族の間では孤独でなかったり、過去の記憶の中では孤独でなかったりする。成長過程での環境の差(例えば長男、長女対末っ子)が人格や思考の型に影響を与え、自分と周囲の者との通信路の網を特徴付ける。我々はこの様な環境の影響を一生背負って生きてゆくしかない。これは我々が生物として定められた条件であって変更不可能だ。