伊藤大輔牧師

伊藤牧師のプロフィール

1963年東京生まれ

1987年東京神学大学修士課程修了

南国教会、武蔵野横須賀伝道所、八王子めじろ台伝道所、

北千住教会、銀座教会、青山学院高等部、横須賀学院等を

経て20154月より本多記念教会8代目牧師として着任。

 

説教とお祈り

(おことわり;以下の録音は本多記念教会の聖日礼拝での伊藤牧師の説教を教会員が録音したものです。録音状態が悪いところがあってもお見逃しください。なお、ここへの公開は牧師の了解を得てあります。)

 

2019年11月10日 降誕前節第7主日礼拝

説教題;どこででも

聖書;使徒言行録25章13節〜27節

  

    

 

2019年11月3日 降誕前節第8主日礼拝

聖徒の日・召天者記念礼拝 

説教題;教会の時間

聖書;使徒言行録25章1節〜12節

本日は召天者記念礼拝。信仰の先達を覚える日。先達が私たちに伝え、私たちもまた次のものへと渡していこうとしている信仰とはどのようなものなのか。

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2019年10月27日 降誕前節第9主日礼拝 

説教題;静かな前進

聖書;創世記34章1節〜31節

人は後戻りできない時間を過ごしている。進んでいる。どこに人は向かっているのか。キリスト者はどこへ向かっているのか。

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2019年10月13日 聖霊降臨節第18主日礼拝 

説教題;神と向き合う

聖書;使徒言行録24章24節〜27節

大きな台風。困惑している者、心配、不安、絶望している者がいらっしゃる。この現実に対して私たちキリスト教は何ができるのか。また今日は神学校を覚え伝道とは何かを考える日。この「被災」「伝道」は重なり合っている。

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2019年10月6日 聖霊降臨節第17主日礼拝 

説教題;正々堂々

聖書;使徒言行録24章1節〜23節

本日は世界宣教日。宣教とは何か。どのようになされるものなのか。私たちは宣教の仕方に、あるスタイルを想定しているのではないか。集会、学習会、等々。キレイな上品な伝達が宣教にはふさわしいと。ただ、

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2019年9月22日 聖霊降臨節第16主日礼拝 

説教題;苦しみ、恵み

聖書;使徒言行録23章12節〜35節

 

    

 

2019年9月15日 聖霊降臨節第15主日礼拝 

説教題;真理と会議

聖書;使徒言行録23章1節〜11節

人は後戻りできない時間を過ごしている。進んでいる。どこに人は向かっているのか。キリスト者はどこへ向かっているのか。

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2019年9月1日 聖霊降臨節第13主日礼拝 

説教題;神に導かれて

聖書;使徒言行録21章37節〜22章21節

キリスト者の歩み、人生とはどういうものなのか。 パウロはエルサレムで捕えられる。自分を取り囲んでいる人々に弁明を始める。パウロ自身の表現では自分はイエスに出会ったと言う。いなくなったもの。ないと思っていたもの。それは本当はあった。

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2019年8月11日 聖霊降臨節第10主日礼拝 

説教題;同じ道を

聖書;使徒言行録21章27〜36節

日本の夏は平和を祈る時。宗教は平和を生み出すものと期待されている。ところが歴史上、宗教は戦争の原因になっている。どこかの宗教の話しではない。教会の話し。私たちのこの教会の話し。

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2019年8月4日 聖霊降臨節第9主日礼拝 

説教題;諦めて、信じて

聖書;使徒言行録21章17〜26節

本日は「平和聖日」「平和」は人が口にしてはならないもの。それでいて誰しもが心で祈っていなければならないもの。平和とは何か。

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2019年7月28日 聖霊降臨節第8主日礼拝 

説教題;帰るべきところ

聖書;創世記33章1〜19節

不足を感じるのが確かに人の正常な感覚。経験、予測、論理からは不足の防止として自らを守る武具を備えることが正しい判断となろう。だが宗教はその「前」を語る。その「先」を語る。

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2019年7月14日 聖霊降臨節第6主日礼拝 

説教題;本当にしたいこと

聖書;使徒言行録21章1〜16節

聖書の登場人物、主人公は私たち読者のお手本です。この箇所に登場するパウロも、私たちのお手本であると同時に、パウロもお手本を持っていました。イエス・キリスト、この方がパウロのお手本であったでしょう。

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2019年7月7日 聖霊降臨節第5主日礼拝 

説教題;喜びをかぞえる

聖書;使徒言行録20章13〜38節

伝道旅行に赴いていたパウロ。決意をする。エルサレムへ戻る。エルサレムに戻ることは投獄され苦難にあうこと。それが分かっていながら「戻る」という。キリスト者とは一体何者なのか。

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2019年6月23日 聖霊降臨節第3主日礼拝 

説教題;神、戦う

聖書;創世記32章23〜32節

「神様とはどのようなお方か」イスラエルの民は神様に選ばれた民だとの自覚がありながらも二度、大きな戦争に敗れている。神様がいるのならどうして私たちを助けてくれないのか。神などいない。その言葉はイスラエルで何度も叫ばれた言葉であろう。

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2019年6月16日日 聖霊降臨節第2主日礼拝 

説教題;恵みの訓練

聖書;使徒言行録10章1〜12節

 

2019年6月9日 聖霊降臨節第1主日礼拝 

説教題;突然変わる

聖書;使徒言行録2章1〜13節

2000年前に教会が生まれた出来事。ペンテコステに起こった出来事。この出来事は過去の話ではない。今日も、これからも教会が覚えていなければならない内容を持っている。

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2019年6月2日日 復活節第7主日礼拝 

説教題;発火点

聖書;使徒言行録19章21〜40節

エフェソでパウロ達はアルテミスを信仰する神殿の模型を作る職人たちから襲われそうになる。パウロが「神は神殿になど住まない」と語ったから。信仰を持った者たちがパウロを襲う。信仰とは一体何なのか。

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2019年5月26日 復活節第6主日礼拝 

説教題;不必要

聖書;創世記32章2〜22節

旧約聖書は今から2500年前に成立した書物。バビロン捕囚、敗戦の体験と結びついた物語。家を追われたヤコブが自分の故郷に帰る。捕囚の民はここから何を読み取ったのか。

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2019年5月12日 復活節第4主日礼拝 

説教題;つながっている

聖書;使徒言行録19章11〜20節

母の日。1908年、アメリカ、ウェブスターでアンナ・ジャービスが母を偲んで教会でカーネンションを配ったことが始まりとされている。亡き母を思う。無条件に大切にされた経験。母の姿を通し、神の愛、広さへと思いを馳せる

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2019年5月5日 復活節第3主日礼拝 

説教題;予定外

聖書;使徒言行録18章18節〜19章10節

真面目な信仰がある。本気で神様を大切にしているのはよく分かる。誰もそれに異論はない。それでも大切なことがわかっていない。何が正しく間違いか、その基準を設定することは簡単ではない。

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2019年4月28日 復活節第2主日礼拝 

説教題;過去の整理

聖書;創世記31章43〜54節

ヤコブは兄エサウの受け継ぐべきものを奪う。自分にないもの。それを奪う。

エデンの園のアダムとエバ。自分は不十分、それゆえアダムたちは楽園を追われ、ヤコブは家を出なければならなくなった。人の姿がここにある。

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2019年4月21日 復活節第1主日礼拝 

説教題;永遠の命

聖書;ヨハネによる福音書20章1〜18節

「婦人よ、なぜ泣いているのか」。墓で泣き崩れるマリアに声がかけられる。マリアの前から、後ろから同じ言葉がかけられる。ヨハネ福音書は仕掛けを潜ませている文学。「時間」「空間」にも独特の考えを持っている。

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2019年4月14日 受難節第6主日礼拝 

説教題;神はいらない

聖書;ヨハネによる福音書19章1〜16節

主イエスが十字架にかかる。なぜかけられたのか。人々の訴え。「神の子と自称した」。「王と自称した」から。しかしそんな発言をしたものは当時いくらでもいた。ではなぜ主イエスは十字架にかかったのか。

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2019年4月7日 受難節第5主日礼拝 

説教題;わたしはどこに

聖書;ヨハネによる福音書18章15〜27節

主イエスの十字架。「神」と「人」が明らかになる場面。

「人」は何者か。「否定」で考える。「神」。徹底的に「肯定」をする。「肯定」、「愛」とも言う。神の愛が浸透しながら十字架の出来事は、この世界は進んでいく。

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2019年3月31日 受難節第4主日礼拝 

説教題;終わりへの備え

聖書;ヨハネによる福音書18章1〜11節

主の十字架を覚える季節。主の十字架は人の罪の故。人の罪とは何か。

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2019年3月24日 受難節第3主日礼拝 

説教題;あとにひかない

聖書;創世記31章22〜32節

家族から追われ故郷を離れ本来の場所にいられない者の物語。本当なら私はここではなく、あそこにいられたのに。あそこが私の場所だったのに。私のいるべき所、帰るべき所に人はもうたどり着けないのか。

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2019年3月10日 受難節第1主日礼拝 

説教題;神の守り

聖書;使徒言行録18章1〜17節

聖書には裁判の場面が多く登場する。私たちも終わりに日に「裁きの場」に立たされるとの表現もある。裁判とは何か。根本的に問われるのは「わたしは何者か」ということであろう。私のすべてが問われる。

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2019年3月3日 公現後第8主日礼拝 

説教題;神とは

聖書;使徒言行録17章16〜34節

「復活を信じる」キリスト教信仰の根幹。「復活を信じる」とはどういうことなのか。

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2019年2月24日 公現後第7主日礼拝 

説教題;思い出す

聖書;創世記31章1節〜13節

ヤコブの物語。古代より伝わる物語は人の執着を映し出す。「あなたには足りないものがある」。これは蛇の言葉。「すべては良い」。これが神の言葉。私には足りないものはなにもない。その真実に気が付いたとき、ヤコブはすがりついていた叔父のもとを後にする。私が本当に求めていたものとの出会が始まる。

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2019年2月10日 公現後第5主日礼拝 

説教題;その先にあること

聖書;使徒言行録17章1節〜15節

使徒たちの伝道は迫害と隣り合わせ。迫害の首謀者は信仰者。宗教は争いを、戦争を引き起こしてきた。信仰と暴力。これはいつでも絡み合っている。

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2019年2月3日 公現後第4主日礼拝 

説教題;闇の中で始まる

聖書;使徒言行録16章25節〜40節

パウロとシラスはフィリピの町で役人に取り押さえられ投獄される。女占い師によって金儲けをした者から恨まれ罪を捏造され捕まえられる。だが、この話はそれだけではない。人の心のあり方。キリスト者の世界観が語られている。

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2019年1月27日 公現後第三主日礼拝 

説教題;神の試練

聖書;創世記20章25節〜36節

ヤコブ、イスラエル族長の物語。一国、一民族の祖の話ではない。人の始め、人の底に眠るもの。私を問う物語。人には帰るべき所がある。

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2019年1月13日 公現後第一主日 本多記念教会創立66周年記念礼拝 

説教題;神に仕える

聖書;使徒言行録16章11節〜24節

本日は本多記念教会創立記念日。教会は永遠の命を知るもの。その永遠の命はどのようにすれば得られるのか。主イエスはこの問いに向かい「神を愛し、隣人を愛せ」を実行せよ、と告げる。だが問いは続く。隣人とは誰か

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2019年1月6日 降誕節第二主日礼拝 

説教題;その先へ

聖書;使徒言行録16章1節〜10節

新しい年を迎えました。私たちは今年がどのようになるか想像を働かせます。教会の未来への考え方、それはどのようなものか。聖書からその考え方を聞き取りたいと思います。

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